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災害とアーバンファーム——危機のたびに、都市は耕してきた

防災協力農地からパンデミックの菜園ブームまで、「非常時の農」の歴史と科学

2026-07-01 · 18

恐慌のポテト・パッチ、戦時の勝利農園、ソ連崩壊後のキューバ、そしてコロナ禍の世界的な菜園ブーム——都市農業の歴史をたどると、その転機にはいつも「危機」があります。本コラムでは、危機対応として生まれた都市農の系譜を振り返ったうえで、日本が阪神・淡路大震災以降に築いてきた「防災協力農地」という独自の制度、パンデミックが世界の菜園に残したもの、そしてコミュニティガーデンがなぜ災害からの回復力(レジリエンス)を高めるのかという研究知見までを、一気に見渡します。都市の農地を「もしも」に備えるインフラとして捉え直す視点は、事業者・自治体・不動産オーナーにとって、これからの都市農の価値を語る強力な言葉になるはずです。

はじめに

都市農業の歴史は、危機の歴史でもある

1893年の恐慌でデトロイト市長ピングリーが空き地を失業世帯に開放したとき、二度の世界大戦で各国政府が『勝利農園』を呼びかけたとき、1991年のソ連崩壊でキューバが石油も肥料も失ったとき——都市はそのたびに、足元の土を耕すことで危機をしのいできました。平時には趣味や福祉の文脈で語られる都市の菜園が、非常時には食料・雇用・心の支えを供給する装置へと姿を変える。この「モードの切り替え」こそ、都市農業がもつ最も古く、最も見過ごされている機能です。

そして、この機能を『災害が起きてから』ではなく『起きる前に』制度として設計してきたのが、実は日本です。都市の農地を避難空間や非常時の食料供給源としてあらかじめ登録しておく『防災協力農地』という仕組みは、世界的に見てもユニークな日本発の制度です。本コラムでは、危機と都市農の300年を概観したのち、この制度の中身と、パンデミック後の世界の研究知見を掘り下げます。

視点の転換

農地は「守るべき緑」から「頼れるインフラ」へ

都市農地の価値はこれまで、景観・食育・コミュニティといった言葉で語られることがほとんどでした。しかし農林水産省の統計では、2020年3月時点で三大都市圏の76自治体が防災協力農地等の取り組みを実施し、その面積は約1,353ヘクタールに達しています。畑は火災の延焼を遮り、塀のない広い空間は一時避難場所になり、育っている野菜はそのまま非常時の生鮮食料になる——農地を都市の防災インフラとして数える発想は、すでに政策の現場で動き始めています。

ここから先では、危機対応として生まれた都市農の系譜、防災協力農地の実際の仕組みと課題、コロナ禍が世界の菜園にもたらした変化、そして『なぜ菜園のあるコミュニティは立ち直りが早いのか』を説明する研究までを、順に見ていきます。

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