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国の法律が来たのは畑ではなく鍋だった——ペルー、リマの菜園と共同の台所

年間降水量15ミリ未満の都市で菜園を続けているのは市の条例と女性たちの地域組織である

2026-09-13 · 17

特集 · 危機が先、法律はあと——南米6か国のアーバンファーム5 / 7

乾いた斜面の集落で、共同鍋を囲み、給水タンクから水を汲み、高床の畝から葉物を運ぶ壁画調のイラスト。下の黒い帯に「砂漠の都市と共同鍋」

2022年4月27日、ペルーの官報に法律31458号が載りました。共同の鍋で煮炊きして近所に配る住民の集まり——オジャ・コムンを「地域の基礎組織」として国が認め、登録と資金の道筋を書いた法律です。一方で同じ国に都市農業の国の法律はありません。畑を扱う条文はリマ都市圏が2012年9月24日に公布した枠組み条例1629号にとどまり、これは市の条例です。国の法律が来たのは畑ではなく鍋のほうでした。リマは国立気象水文局(SENAMHI)が年間降水量15ミリ未満と記す都市で、冬の霧雨(ガルーア)を除けば雨はほとんど降りません。それでも南部のビジャ・エル・サルバドルやビジャ・マリア・デル・トリウンフォには菜園があり、採れたものは家庭の食卓と共同の台所へ渡ります。今日はその鍋と畑がどうつながっているかを追います。

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3分でわかる本記事の内容

  • 国の法律は鍋に来た。2022年4月27日の法律31458号は共同鍋を「地域の基礎組織」と認めたが、条文に菜園も都市農業も出てこない。畑を扱うのは2012年のリマ枠組み条例1629号だけである。
  • リマに雨は降らない。SENAMHIは年間降水量を15ミリ未満と記す。ビジャ・マリア・デル・トリウンフォには灌漑用の水路が無く、水はタンクローリーで運ばれてきた。
  • 給水網の外にいる人ほど水は高い。SUNASSによればリマ首都圏の63万5千人が網の外にあり、1立方メートルを16〜18ソルで買う。網の内側の平均は約3ソルである。
  • 共同鍋はリマに集中している。2022年5月6日のMIDIS発表では登録2,506がリマ首都圏にあり、2位のカヤオ242の10倍を超える。畑と台所が結びつく場所はここにある。
  • 条例は残っても事業は消える。CEPESによれば1629号を作ったビジャラン市政の菜園事業はカスタニェダ市政で解体され、ムニョス市政で再開された。条文ではなく予算が畑を止める。
  • 本記事の立場を先に書く。リマの菜園を支えているのは国でも市でもなく女性の地域組織である。ただし2025年の研究はその同じ構図が女性に負担と従属を残していることも示している。

はじめに

リマに雨は降らない。だから菜園の話は水をどこから引くかの話から始まる

SENAMHIはリマを「降水がごくわずかな都市(年間15ミリ未満)」と説明し、その多くは6月から8月の冬に降る霧雨、現地でガルーアと呼ばれるものだと書いています。夏に短時間の雨が降ることはあり、2020年3月31日夜の雨ではラ・モリナとサンタ・アニタで最大2ミリを記録しました。年間の総量が15ミリに届かない都市で、一晩に2ミリという数字がどういう意味を持つかは想像がつくと思います。国際イモセンター(CIP)の記録によれば、この都市は海岸沿い80キロにわたる帯状の土地505平方キロメートルを占め、チヨン川・リマック川・ルリン川という三本の川の下流域にまたがっています。畑の水はこの三本と、そこから引かれた水道から来ます。

その三本は同じ量を運びません。CIPが2006年にまとめた数字ではリマック川の平均流量が毎秒29立方メートル、チヨン川が5、ルリン川は0.41です。都市の給水を実質的に支えているのはリマック川一本になります。しかも三本すべて、とくにリマック川で、細菌汚染が野菜の灌漑に許される水準を超えていると記録されています。基準は水100ミリリットルあたり糞便性大腸菌1,000個です。川が近いことと、その水で野菜を洗えることは別の話でした。同じ記録は市の農地が1940年の570平方キロメートルから105平方キロメートルまで減ったことも書いています。都市が広がった先は主に農地でした。

水が足りず川も使いにくい都市で、それでも菜園は残りました。CIPは2006年の時点で、リマのなかで都市農業が実際に育った場所としてルリガンチョ・チョシカ区とビジャ・マリア・デル・トリウンフォ区の二つを挙げ、成否を分けたのは灌漑に使える水があるかどうかだと書いています。チョシカでは水は豊富だが汚染が基準を超えており、ビジャ・マリアには灌漑用の水路そのものが無く、水はタンクローリーで運ばれていました。条件は正反対なのに、どちらの区も都市農業担当の部署を役所の中に作っています。菜園を続けるために最初にやることは水の手当てを役所の仕事に変えることでした。

共同の台所

オジャ・コムンは炊き出しではなく、住民が自分たちで回している台所である

法律31458号の第4条が定義を書いています。オジャ・コムンとは食料を手に入れられない、あるいは買う経済力のない人びとが集まり、材料と手間を出し合って自発的・連帯的に調理する住民主体の取り組みで、一時的なものも恒常的なものもある——条文はそう述べています。行政や慈善団体が外から配るのではなく、食べる側が自分たちで組織して煮炊きする点がこの言葉の中身です。似た制度にコメドール・ポプラール(大衆食堂)があり、第6条は希望するオジャ・コムンが要件を満たせばコメドール・ポプラールとして登録できると定めています。

菜園との結びつきは制度より先にありました。ペルー社会研究センター(CEPES)は2021年11月の記事で、リマ首都圏では条例1629号を法的根拠として、人が住みついた集落やオジャ・コムンの敷地に「ビオウエルト」と呼ばれる有機の菜園が作られてきたと書いています。挙げられている区はサン・フアン・デ・ルリガンチョ、ビジャ・エル・サルバドル、コマス、アテ、サン・マルティン・デ・ポレス、パチャカマック、ビジャ・マリア・デル・トリウンフォ、カラバイヨ、チョリヨス、エル・アグスティノ、プエンテ・ピエドラ、ルリンの12。果物と野菜の残りを堆肥にし、容器を再利用して水やりの道具にし、家庭とオジャ・コムン自身で使った水を再び使う——記事はその作り方まで具体的に書いています。

この結びつきを政策の言葉にしようという提案も古くからありました。2006年にCIPが開いた会合の結論には「デ・ラ・チャクラ・ア・ラ・オジャ(畑から鍋へ)」という名前の事業案が並んでいます。仲買を通さず生産者から共同の台所へ直接渡す仕組みを作る、という提案です。同じ結論はオジャ・コムンやコメドール・ポプラールのような地域の基礎組織にビオウエルトを作って強めることも挙げていました。特集の初日は南米6か国の年表を通し、リマの条例1629号にはその一行として触れています。今日はその一行を開き、条文が何を書いて何を書かなかったのか、書かれなかった部分を誰が埋めてきたのかを見ます。国の法律を得たブラジルは第3回の領分です。ペルーはその逆側で、国の法律が畑を素通りしたまま20年以上たった国になります。

参考・出典

市の条例 2012

条例1629号は菜園の置き場所を列挙したが、土地も水も予算も書かなかった

条例1629号は2012年9月24日にリマ都市圏の枠組み条例として公布されました。正式な題は「リマ県の環境管理・食料安全保障・社会的包摂・地域経済発展の戦略としての都市農業振興枠組み条例」です。四つの目的を一行に並べたところにこの条例の性格が出ています。条文が都市農業の場所として挙げるものを並べます。住宅の屋上・テラス・裏庭、共同菜園、学校菜園、公私の機関に置かれる菜園、生産用の共同菜園、アグロパーク(公園と一体の農地)、そして所有者との正式な合意によって使用が譲られた空き地。どこに畑を置いてよいかを列挙した条文だと読むのが一番近いと思います。

書かれなかったものを並べるとこの条例の限界が見えます。借地料の上限はありません。占有の期間も定めていません。空き地の利用は「所有者との合意」に依っており、合意は権利ではなく許可です。先週まで扱ったドイツの連邦小庭園法が区画400平方メートル以下と借地料の上限という数字で畑を土地の値段から切り離したのに対して、1629号の数字は面積にも地代にも及んでいません。CIPが2006年に指摘したように、リマの都市計画を担う首都圏計画研究所(IMP)が定める「拠点と軸」の分類に農業活動は入っていませんでした。都市計画の側から見れば、畑はまだ土地利用の一種として数えられていないのです。

この空白を現場が先に名指ししていた記録があります。2006年8月にCIPが開いた会合で、ビジャ・マリア・デル・トリウンフォのワシントン・イペンサ市長は自区の都市農業が抱える困難を列挙し、そのなかに「灌漑用水の不足」と並べて「明確な法的枠組みの欠如」を挙げました。枠組み条例が公布されたのはその6年後です。危機への現場対応が先にあり、制度が遅れて追いつく。本特集が追っているこの順序が起きたのは国と国のあいだだけではありません。一つの都市のなかでも同じ形でした。

国の法律 2022

ペルーが手に入れた国の法律は菜園ではなく共同鍋のためのものだ

法律31458号は2022年4月27日の官報に載りました。第1条はオジャ・コムンを「地域の基礎組織(organizaciones sociales de base)」として認めると書き、自然災害・保健上の緊急事態・国民生活を脅かす重大な状況における一時的な資金の道を開いています。第3条は適用範囲を「全国オジャ・コムン単一登録簿」に登録された団体に限り、第7条は地方政府・開発社会包摂省(MIDIS)・その他の省庁が予算を組み替えて食料の調達と配分に充てられると定めました。財務省が学校給食プログラムのQali Warmaを通じて調達を行える例外規定も置かれています。

条文に菜園は出てきません。「ウエルト」も「都市農業」も本文中に一度も現れず、農に触れるのは第10条第1項が家族農業からの国家調達を定めた法律31071号を参照する箇所だけです。鍋に食材を渡している畑はその鍋を支える法律の外にあります。もう一点、この法律は担い手を名指ししています。同時に改正された法律30790号の第2条は対象者を「とくにコメドール・ポプラールとオジャ・コムンで働く母親と女性」と書き直しました。誰が煮炊きしているかを書いているのは報道の観察ではなく法文のほうです。

規模はリマに偏っています。MIDISは2021年11月5日に登録システム「マンカチャイ・ペルー」を立ち上げ、2022年5月6日の発表では登録されたオジャ・コムンがリマ首都圏に2,506ありました。2位のカヤオが242、以下ラ・リベルタ101、アレキパ98と続き、カハマルカは1件です。首都圏の数は2位の10倍を超えています。背景には全国的な食料事情があります。FAOの「世界の食料安全保障と栄養の現状」2024年版によれば、中程度または深刻な食料不安を経験しているペルーの人口は51.7%、1,760万人で、南米で最も高い比率だとされます。

現場 ビジャ・エル・サルバドル

ごみ捨て場だった1,400平方メートルを高齢の女性たちが菜園に戻した

ビジャ・エル・サルバドルは1971年に土地を占拠した住民の入植から始まり、1983年に区として法的に成立した地区です。人口はおよそ42万4千人。その第2セクター21グループの中央公園にビオウエルト・アイユ21があります。2018年に近隣の住民——多くは高齢の女性——がごみ捨て場になっていた区画を取り戻して始めた共同菜園です。面積は1,400平方メートル、6メートルの畝が約40床。IPSノティシアスが2021年10月に取材した時点で12家族の女性たちが週2日ほど手を入れており、環境ネットワーク団体REDAVESのビクトリア・アルセ会長と、退職教員のロラ・フローレスの名前が挙がっています。

収穫の行き先は三段になっています。まず参加した世帯の食卓、次により困っている近隣世帯への分配、そして売れた分の代金は参加者で分けます。当サイトの収録によればこの菜園の収穫は地区のオジャ・コムンも支えており、設備の改良には後述のMUSAプロジェクトの資金が入りました。育てているのはフダンソウ、ラディッシュ、ブロッコリー、セロリ、トマト、ビーツ、バジル、ホウレンソウ、レタスと香草類です。市場向けの単一品目ではなく、鍋に入る野菜の組み合わせになっています。

同じ区の第1セクター9グループには菜園アイユ1-9があり、こちらも高齢の住民が公共空間を取り戻して自主運営しています。リマの都市農業プラットフォームの記事によれば、2023年にはMUSAプロジェクトの枠内で高齢者用の集会所を建て直しました。もとの建物はトタン板が錆びて雨漏りしていたと参加者のエルネスティノ・トーレスが語り、別の参加者グロリア・セグーラはその場所を「共通の家」と呼んでいます。菜園に付随して社交と会合の場が作られていく。この部分は生産量では測れません。

現場 ビジャ・マリア・デル・トリウンフォ

高圧送電線の下は建物が建てられない。だからそこが20年間の畑になった

ビジャ・マリア・デル・トリウンフォは面積70平方キロメートルの区で、市街化されているのは21平方キロメートル、残りは環境保護されたロマス(霧が育てる丘の草地)と湿地で、宅地にも農地にもできません。CIPの記録では区の都市農業プログラムは2001年に始まり、貧困対策の「飢餓ゼロ計画」の中に置かれました。2004年には地域経済開発部の下に都市農業担当次長職を新設し、2006年の時点で区内1,926人が都市農業に関わる生産活動をしていると把握されています。市の枠組み条例より8年早く、区が自前の担当部署を持っていたことになります。

この区で2004年に始まったのがウエルトス・エン・リネア(線の下の菜園)です。高圧送電線の直下は建築が制限され、使い道の乏しい細長い土地が残ります。送電会社レッド・デ・エネルヒア・デル・ペルー(ISA REP)はそこを住民に開き、社会事業として技術支援を続けてきました。20周年を伝える2024年11月の記事によれば、100%アグロエコロジーの野菜を40品種以上育て、四半期あたりおよそ2万5,600キログラムを収穫し、余剰の販売で月350ソルまでの収入を得る世帯があるとされます。当サイトの収録によればこの菜園群の収穫は共同鍋を通じて約150家族・800人ほどに渡っているとされています。

ただしこの土地は借りものですらありません。送電会社の許可にもとづく暫定的な利用です。畑が続いている理由と、いつでも終わりうる理由は同じところにあります。送電線の下だから建物が建たず、だから20年使えた。そして送電会社が方針を変えたとき、条例にも法律にも住民を守る条文はありません。2019年に社会科学誌『インベスティガシオネス・ソシアレス』に載った研究が、サン・フアン・デ・ミラフローレスとビジャ・マリア・デル・トリウンフォの2区でこのネットワークを取り上げ、都市農業の推進と展開において女性が果たしている役割を性別・ジェンダーの視角から分析しています。

リマの菜園の水はポリタンクとタンクローリーと使い終わった水から来る

水道規制庁SUNASSが2023年1月18日に出した数字が事情をよく表しています。リマ首都圏で上水道SEDAPALの給水網につながっていない人は63万5千人を超え、人口の6%にあたります。うち11歳未満の子どもが18万人。網の外にいる世帯はタンクローリーから水を買い、1立方メートルあたり16〜18ソルを払います。網につながっている利用者の平均は1立方メートルあたり約3ソルですから、最大で6倍です。水が足りない人ほど高く買っているという逆転が、この都市の給水の基本的な形になっています。

使える量にも大きな差があります。同じ発表によれば2022年に1人1日あたりの消費が最も多かったのはサン・イシドロの280リットル、次いでミラフローレスの238リットル。最も少ないのはルリガンチョの32リットル、続いてアンコン33、サンタ・ロサとパチャカマックが39リットルです。WHOが基本的な必要を満たすとする量は1人1日50〜100リットルなので、下位の区はその下限にも届いていません。給水時間も一様ではなく、平均は1日21時間ですが、パチャカマックは5.5時間、プクサナは1.7時間です。当サイトが収録するワワ・イリャリという乳幼児向けの菜園・栄養事業が行われたのもこのパチャカマックの周縁集落です。

だから菜園は水道の蛇口を前提にしません。アイユ21では大型のポリタンクに水をため、区の支援で満たしてもらい、細い蛇口をつけたホースで畝へ回しています。CEPESが挙げた作り方も同じ方向で、家庭とオジャ・コムンで使い終わった水を灌漑に回し、果物と野菜の残りを堆肥にします。2026年に『エコロジカル・モデリング』誌に出た研究が、リマの非公式居住地シウダード・デ・ゴセン(住民約6,300人)を対象に、屋上と未利用地の耕作、バイオダイジェスター、雑排水の再利用を組み合わせたシミュレーションを行い、雑排水の再利用で耕作地の灌漑の約77%を賄えるとしています。ただしこれは実測ではなくモデルの結果で、同じ論文は土地保有の安定とガバナンス改革を前提条件に挙げています。

担い手

菜園に立つ人の9割は女性である。それは称賛ではなく負担の記述でもある

リマ南部の団体を支援するNGOのFOVIDAは2026年5月、ビジャ・マリア・デル・トリウンフォ、ビジャ・エル・サルバドル、サン・フアン・デ・ミラフローレスの30を超える都市農業の実践を表彰しました。主催に並んだのは気候行動のための女性リーダーネットワーク(REDLAC)、気候変動に向き合う女性の会(COMUTRAFRECC)、ビジャ・エル・サルバドル環境ネットワーク協会(REDAVES)、そしてリマ南部女性区間ネットワークです。四つとも女性の組織です。REDAVESのビクトリア・アルセによれば菜園に関わる人の90%が女性です。2021年にIPSがアイユ21で取材した同じ名前——ビクトリア・アルセ、ロラ・フローレス——が5年後の受賞者名簿に並んでいます。この畑が続いた証拠の一つです。

外部の資金も同じ形に沿っています。MUSAは「食糧・環境安全保障のために団結した女性たち」の略で、カナダのNGOカナダ国際協力機構(Cuso International)がカナダ政府のSHAREプログラムの一部として2020年から進めてきた事業です。同団体の記録ではリマ首都圏の9区でおよそ350人の生産者を支え、204の共同菜園を作りました。連携先には国立農業大学ラ・モリナ校と持続可能な開発推進機構(IPES)が並びます。この枠組みの中で、前節で触れたアイユ21の設備改良もアイユ1-9の集会所の建て直しも行われました。

ここで反対側の見方を入れておきます。2025年に農業系学術誌『アナレス・シエンティフィコス』85巻2号に載ったルイス・エンリケ・セラーノ・アヤスタとジョジアーヌ・ストエセル・リッツの論文を挙げます。リマ南部の低所得3地区で行われた博士研究をもとに、都市農業事業の内部にある権力関係を批判的談話分析と深層解釈学で調べたものです。結論は厳しいものでした。食料安全保障・社会的包摂・エンパワーメントを掲げるこれらの事業が、実際には非対称な権力関係を覆い隠し、担い手である女性たちに既存の不平等を強化してジェンダー階層を維持している、推進団体と地域リーダーの側に温情主義がある——論文はそう述べています。「9割が女性」は誰が力を得たかを示す数字であると同時に、誰が無償の労力を出しているかを示す数字でもあります。

振り返り

法が畑を素通りしても畑が続いたのは鍋がその先にあったからだ

辿った順序を並べ直します。出発点は水でした。SENAMHIが年間降水量15ミリ未満と記す都市で、CIPの記録によれば三本の川のうち実質的に給水を支えるのはリマック川一本、しかも三本とも野菜の灌漑基準である100ミリリットルあたり糞便性大腸菌1,000個を超える汚染が記録されています。次に制度を開きました。2012年9月24日の枠組み条例1629号は畑の置き場所を列挙しましたが、地代にも占有期間にも触れていません。そして2022年4月27日の法律31458号は共同鍋を「地域の基礎組織」と認めながら、条文に菜園も都市農業も書きませんでした。そのうえで現場を三つ見ました。ビジャ・エル・サルバドルのアイユ21(2018年開始、1,400平方メートル)、ビジャ・マリア・デル・トリウンフォのウエルトス・エン・リネア(2004年開始、四半期2万5,600キログラム)、そして担い手の9割が女性だというリマ南部の実像です。

重要な論点を三つ言い直します。第一に、ペルーで国の法律が来たのは畑ではなく鍋です。法律31458号は登録簿と資金の道を作りましたが、その鍋に野菜を渡している菜園はこの法律の外にあり、農に触れるのは家族農業からの国家調達を定めた法律31071号への参照だけです。第二に、土地は権利ではなく許可の上にあります。条例1629号の空き地利用は所有者との合意に依り、送電線下のウエルトス・エン・リネアは送電会社の許可にもとづく暫定利用です。第三に、条例が残っても事業は消えます。CEPESによればビジャラン市政で数十の菜園を作った市の事業はカスタニェダ市政で解体され、ムニョス市政で再開されました。1629号は一度も廃止されていません。止まったのは予算のほうです。

わかっていないことと留保も書いておきます。第一に、「都市農業の国法が無い」は本記事が確認できた範囲での話です。家族農業からの国家調達を定めた法律31071号のように、都市の菜園を部分的に扱う条文が他の法律にある可能性は残ります。第二に、数字の時点がそろっていません。オジャ・コムンの2,506は2022年5月6日のMIDIS登録の数で、登録は地方政府が入力する任意の仕組みですから、時期と数え方で幅が出ます。ビジャ・マリア・デル・トリウンフォの1,926人は2006年の把握です。ウエルトス・エン・リネアが共同鍋を通じて約800人に届いているという数値は当サイトの収録によるもので、20周年の記事では確認できませんでした。第三に、この記事が扱ったのはリマだけで、アンデスや熱帯の都市は示せていません。想定される反論もここに置きます。共同鍋と菜園を並べて語れば、本来は公的な食料保障で担うべきものを住民の無償労働に委ねている現状が美談に変わってしまう、という批判です。前節で引いた2025年の研究はまさにその線上にあります。

今日の位置づけは第3回のブラジルの鏡像です。ブラジルは自治体が31年続けたうえで2024年に国の法律を得ました。ペルーは市の条例が2012年に来たまま、国の法律は隣の制度——共同鍋——にだけ届いています。明日の第6回はエクアドルのキトで、市の経済振興公社CONQUITOが2002年から20年以上続けてきたAGRUPARの参加型の中身を見ます。リマと違い、キトには市が種と講習を配り収穫物を売る市まで開く仕組みがあります。同じ「自治体が担う」でも、担い方がどこまで違うのか。そこを次に確かめます。

この記事の要点

  • ペルーで国の法律が来たのは畑ではなく鍋である。2022年4月27日の法律31458号は共同鍋を地域の基礎組織と認めたが、条文に菜園も都市農業も現れない。
  • リマの菜園は雨をあてにできない。SENAMHIは年間降水量を15ミリ未満と記し、三本の川のうち給水を実質的に支えるのはリマック川一本である。
  • 水が足りない世帯ほど高く買っている。SUNASSによれば給水網の外の63万5千人はタンクローリーから1立方メートル16〜18ソルで買い、網内の平均約3ソルの最大6倍を払う。
  • 条例1629号は場所を列挙しただけである。屋上から共同菜園、アグロパークまで形態は並ぶが、地代の上限も占有期間も無く、空き地の利用は所有者との合意に依る。
  • 畑を止めるのは条文ではなく予算である。CEPESによれば1629号は一度も廃止されていないが、市の菜園事業は市長の交代とともに解体され、次の市長で再開された。
  • 送電線の下が20年続いたのは建てられない土地だからだ。ウエルトス・エン・リネアは2004年に始まり、四半期あたり約2万5,600キログラムを収穫している。
  • 担い手の9割が女性だという事実は手放しの成果ではない。2025年の研究はリマ南部の事業が非対称な権力関係を覆い隠し、女性の従属を維持していると指摘している。

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