F1の種は二代目でばらける——止めているのは法律ではなく生物のしくみだ
雑種強勢・分離則・雄性不稔の三段で、まいた種から同じ野菜ができない理由を説明する
2026-09-17 · 16 分
特集 · 種は誰のものか——登録・特許・在来種でみる所有の線引き2 / 7

F1のミニトマトから種を採ること自体は法律で禁じられていない。ところが翌年その種をまくと、背丈も実の大きさも味もそろわない。育て方を間違えたからではない。買った袋に「交配」や「一代交配」と印刷されていたなら、それはF1品種だ。F1は性質の違う二つの親をかけ合わせた一代目を指し、そろうのはその一代目だけ。二代目ではメンデルの分離則がそのまま働き、形も大きさも分かれていく。同じ野菜の作り直しをふさいでいるのは育成者権でも特許でもない。生物のしくみそのものである。そのしくみを雑種強勢・分離則・雄性不稔の三段でたどる。F1が世界に広まった理由が囲い込みだけではないことも、出典のある数字で確かめる。
3分でわかる本記事の内容
- F1の種が二代目でばらけるのはメンデルの分離則による。ヘテロな遺伝子の組が10あるだけで二代目に現れる組み合わせは3の10乗、5万9,049通りに広がる。そろえようがない。
- F1を縛っているのは法律ではない。育成者権や特許が書類で線を引くのに対し、F1は書類なしで再生産を難しくする。だから技術による囲い込みと呼ばれる。
- 花粉を作れない親を使う雄性不稔がF1の種の生産を工業化した。タマネギでは1936年のジョーンズとエムズウェラーの報告、ダイコンでは1968年の小倉の報告が起点である。
- 均一さには代償があった。1970年の米国で栽培された交配種の85%超が同じcms-T細胞質を持っていたため、ごま葉枯病でトウモロコシの15%、当時の金額で10億ドルが失われた。
- F1が常に優れるわけでもない。米ニューメキシコ州立大学が1997年と1998年の秋まきで比べた試験ではF1タマネギの可販収量が1エーカー837袋、開放受粉品種が1,182袋だった。
- F1は悪者ではない。収量・そろい・耐病性という実利があるから農家が選んできた。囲い込みは結果であって動機の全部ではない。
はじめに
同じ畑で同じように育てても株がそろわないのは、まいた種がF1の二代目だからだ
よく実ったミニトマトから種を採り、乾かして翌年にまく。芽はきちんと出る。だが夏になると背の高い株と低い株が入り混じり、実の大きさも色づきも味も一株ごとに違ってくる。肥料の量のせいでも水やりのせいでもない。原因は種そのものにある。日本の種苗会社タキイ種苗の相談ページも、F1品種から採った種をまいても元の親と同じ形や性質にはならず、非常に不揃いで親とは似ても似つかない野菜が育つと答えている。種苗会社にとっては当たり前の話だ。ところがその当たり前は袋に印刷された「交配」の二文字に押し込められて、買った人のところまで届かない。法律が種採りを止めているわけではない。それでも同じトマトは戻ってこない。
F1は英語のfirst filial generation(第一子世代)の略だ。性質の違う二つの親をかけ合わせてできた一代目を指し、そろうのはその一代目だけである。F1の株から採った種をまいた二代目になると、形も大きさも味も分かれていく。この「ばらける」は感想ではない。説明のつく現象だ。問いは三つある。なぜ一代目だけがそろうのか。なぜ二代目でばらけるのか。そしてその性質を種の生産にどう組み込んだのか。専門用語はそのつど日常の言葉に置き換える。三つ目の問いまで進むとF1の正体が見えてくる。品種の作り方の一つにとどまらず、種を売る産業のかたちそのものになっているのだ。
F1は悪者ではない。世界に広がったのは収量が上がり、大きさや収穫期がそろい、病気に強い品種を作りやすいからだ。農家や生産者がF1を選んできた根拠ははっきりしている。一方でF1をまいた人は自分の畑で種をつなげなくなった。この二つは同時に本当である。片方だけを抜き出せば「F1は便利だ」とも「F1は農家から種を奪った」とも書ける。どちらも半分しか言っていない。だから先にしくみを置き、そのあとで利点と代償の両方を出典のある数字に当てていく。
今日の線引き
F1の再生産を止めているのは書類ではなく生物のしくみだ
育成者権は品種を登録し、書類で線を引く。特許も発明として審査を通り、やはり書類で線を引く。どちらも国が定めた手続きの上に立ち、破れば法の問題になる。この特集の初日に並べた線引きのうち、この二本は紙の上にある。F1は違う。登録も出願も要らない。まいた種が翌年そろわない。その事実だけで同じ野菜を作り直す道は実際上ふさがる。法には何も触れていないのに効き目は同じなのだ。これが「技術による囲い込み」と呼ばれるゆえんである。囲い込みはもともと共有地に柵を立てて私有地に変えた歴史を指す言葉だ。F1では柵の役を生物のしくみが引き受けている。つまり誰かが見張らなくても、種そのものが作り直しを難しくしている。
誤解されやすい点が二つある。一つ目。F1から種を採ること自体は禁じられていない。採っても法には触れず、そろった野菜が採れないだけだ。二つ目。F1品種が品種登録されていることもある。その場合は登録品種としての規制が別にかかり、自家増殖に育成者の許諾が要ることがある。F1という技術の線と法律の線は重なることもあれば、重ならないこともあるわけだ。日本の種苗法が家庭菜園にどこまで及ぶかはこの特集の五日目で扱う。ここで追うのは法律があってもなくても働くしくみのほうである。
参考・出典
- 農林水産省 知的財産課「種苗をめぐる情勢」(令和5年3月)— 野菜種子は国内流通の約9割を海外生産・輸入、種苗産業の市場規模は約2,600億円
- USDA National Agricultural Statistics Service — Trends in U.S. Agriculture: Corn Hybridization (1935年1%、1940年30%超、1960年96%)
- Bruns, H.A. (2017) Southern Corn Leaf Blight: A Story Worth Retelling. Agronomy Journal 109(4) — cms-T、除雄、1970–71年の15%減収
- Cramer, C.S. — Comparison of Open-pollinated and Hybrid Onion Varieties for New Mexico (New Mexico State University) — 育成者の保護、種価格2〜3倍、可販収量837対1,182袋
- Kakizaki, Y. (1931) Hybrid Vigor in Egg-Plants and Its Practical Utilization. Genetics 16(1): 1–25
- Kumar, A. et al. (2020) Heterosis Breeding in Eggplant (Solanum melongena L.): Gains and Provocations. Plants 9(3): 403 — 柿崎の1923–1926年の試験、ナスは花が大きく手による除雄が容易
- Muñoz-Sanz, J.V. et al. (2020) Self-(In)compatibility Systems: Target Traits for Crop-Production, Plant Breeding, and Biotechnology. Frontiers in Plant Science 11:195 — SRKとSP11、1940年のサカタのタネのF1キャベツ
- Yu, H.-L. et al. (2020) Creation of fertility-restored materials for Ogura CMS in Brassica oleracea. Theoretical and Applied Genetics 133(10) — 小倉型雄性不稔(1968年、ダイコン)はアブラナ科野菜のF1採種で最も広く使われる
- Berlan, J.-P. (2018) Hybrid corn and the unsettled question of heterosis. Journal of Genetics 97(5) — ヘテロシスの定義と機構は未決着、デュービック2001年の記述
- タキイ種苗 Q&A「F1品種から採種したタネで、野菜を育てて収穫することはできますか?」
しくみ1 雑種強勢
一代目がそろって親より大きく育つのは、自殖でそろえた二つの純系を掛け合わせたからだ
F1づくりは親づくりから始まる。そしてその親はそろえるほど弱っていく。親をそろえる方法は自殖の繰り返しだ。同じ株の花粉を同じ株のめしべにつけ、できた種をまき、また同じことをする。何代も続けると遺伝子の組み合わせが株ごとにそろってくる。この状態の系統を純系と呼ぶ。純系はそろっている。そして弱い。生育が落ち、実が小さくなり、採れる種の数も減る。これを近交弱勢という。タマネギでは自殖を二回繰り返しただけで生育・球の大きさ・採種量が大きく落ちると報告されている。それでも育種家はこの弱った系統を捨てず、何年もかけて維持する。次の一手に欠かせないからだ。
次の一手が交配だ。異なる純系Aと純系Bを掛け合わせると、できた種はどれも「Aから半分、Bから半分」という同じ組み合わせになる。すべての株が同じ設計図、つまり同じ遺伝子の組み合わせを持つから、背丈も収穫期も実の形もそろう。しかも弱っていた親より大きく育つ。これが雑種強勢、またはヘテロシスである。トウモロコシでこの方法を示したのはジョージ・シャルだ。1908年と1909年の論文で自殖と交配を組み合わせる育種法を提案し、1914年にはヘテロシスという言葉そのものを作った。相手を変えれば性質のまったく違うF1ができる。だから育種は二段構えになる。親をどう作るか。そしてどの親とどの親を組むか。
雑種強勢はなぜ起きるのか。100年以上たった今も、その答えは出ていない。優性説と超優性説が長く並び立ち、現象の定義にさえ合意がない。トウモロコシ育種の研究者ドナルド・デュービックは2001年に、雑種強勢の遺伝的な基盤は当時も今も分かっていないと書いた。使えるのに説明できない。それがF1の実像だ。しくみが解けないまま世界の食料生産の中心にある。擁護する側も批判する側もそこは認めている。それでも畑での判断は揺らがない。再現でき、数字が出る。農業の現場ではそれで十分だからだ。
しくみ2 分離則
二代目がばらけるのは、メンデルの分離則が一代目のそろいをほどくからだ
生きものは同じ働きをする遺伝子を二つ持っている。父方から一つ、母方から一つだ。花粉や卵細胞を作るとき、この二つは分かれてどちらか一方だけが入る。だから子には父方からの一つと母方からの一つがあらためて組み合わさる。メンデルがエンドウで見つけたのがこの規則である。丸い種としわの種、背の高い株と低い株。こうした形質が二代目で決まった比率に分かれることを彼は示した。F1の株は二つの純系から一つずつもらっているので、すべての遺伝子の組で二つが食い違っている。この状態をヘテロと呼ぶ。F1どうしで受粉すると、分かれて入り直す作業がすべての組で一斉に起こる。
組み合わせがどれだけ増えるかを数で見る。ヘテロな遺伝子の組が10あるとしよう。花粉や卵細胞に入る組み合わせは2の10乗、つまり1,024通り。受粉でその二つが合わさるから、二代目に現れる組み合わせは3の10乗、5万9,049通りに膨らむ。たった10組でこれだ。実際の作物では草丈・葉の形・耐病性・糖度・収穫期にかかわる遺伝子の組はもっと多く、一つの形質を複数の遺伝子が作っている。だから二代目の畑は少数の型に分かれるのではなく、切れ目なくばらけていく。そこへ自殖も混じるので近交弱勢で明らかに弱った株まで顔を出す。「まいた種から同じ野菜ができない」の中身はこれで全部だ。
ばらけるのはF1の欠陥ではない。設計どおりの挙動である。比べる相手は固定種だ。何世代も選抜と自殖を重ね、まいた種が親と同じになるところまでそろえた品種をいう。固定種ではそろえる作業を農家や育種家が世代をかけて畑でやってきた。F1はその作業を親の側に前倒しし、一代で片づける。どちらも「そろえる」ための技術だ。違うのは作業の置き場所だけ。固定種なら畑に、F1なら種苗会社の親系統の中にある。この置き場所の違いがそのまま、誰が種を作り直せるかの違いになる。
しくみ3 雄性不稔
花粉を作れない親が使えるようになり、F1の種の生産は工業化した
F1の種を作るとき、母親役の株に自分の花粉が着いてはならない。着けばそれはF1ではなく自殖の種になる。トウモロコシで長く使われた方法が除雄だ。母親役の列の株から、雄花にあたる雄穂を花粉が出る前に人の手で折り取る。畑には母親役を6〜12列、その両側に父親役を2列ずつ植える並びが繰り返された。作業には締め切りがある。雄穂が出てから花粉が飛ぶまでの短いあいだに終えなければならない。米国ではその多くを地元の十代の若者が最低賃金で担っていたと記録されている。そろった種の裏には締め切りに追われる手作業があった。
その手作業を要らなくしたのが雄性不稔だ。細胞の中で呼吸を担うミトコンドリアの遺伝子が変わり、花粉だけが作れなくなる性質をいう。めしべの側は正常なので種は普通にできる。しかもこの性質は母方からしか伝わらない。母親役の系統に一度入れておけば、その系統は毎年ひとりでに花粉を作らなくなる。タマネギではジョーンズとエムズウェラーが1936年に「雄性不稔のタマネギ」を報告し、これが商業的なF1タマネギにつながった。ダイコンでは1968年に小倉が日本のダイコンで雄性不稔を報告した。この細胞質は後にキャベツやブロッコリーなどアブラナ科の野菜で最も広く使われる雄性不稔になる。
どの方法を使うかは花の大きさと、作物のどこを食べるかで決まる。ナスの花は大きく、人の手でおしべを取り除くのはたやすい。日本の柿崎洋一は1923年から1926年の試験でナスのF1が標準の品種より多く採れることを示し、1931年に英文誌ジェネティクスで発表した。キャベツやハクサイは事情が違う。花が小さく、一つずつ手で処理していては採算が合わない。そこで使われたのが自家不和合性と雄性不稔だった。自家不和合性とは自分の花粉が着いても受精しない性質をいう。めしべ側のSRKと花粉側のSP11というたんぱく質の型が合うかどうかで判定される。日本のサカタのタネはこの性質を使い、1940年にF1のキャベツを世に出した。
代償 1970年
1970年に米国のトウモロコシの15%が失われたのは、畑が同じ雄性不稔に集中していたからだ
米国の種苗会社が採用した雄性不稔はテキサス型と呼ばれるただ一つの型だった。表記はcms-T。選ばれた理由は実利である。環境が変わっても花粉を作らない状態が安定していた。しかも最終段階で稔性回復遺伝子と呼ばれる遺伝子を父親側から入れれば、収穫する世代には正常に花粉を作らせられた。トウモロコシは実そのものを食べるのでこの回復が欠かせない。葉や根を食べるキャベツやダイコンなら花粉ができなくても収穫物に響かず、回復は要らない。cms-Tは扱いやすく、労働費を減らした。後年の総説はこれを種苗会社にとって「儲かる」技術だったと書いている。米国で栽培された交配種のうちこの細胞質を背景に持つものは1970年の時点で75〜90%に達していた。
1970年、そこへ新しい系統のカビが現れる。ごま葉枯病を起こす菌の一系統だ。この菌はcms-Tを背景に持つトウモロコシにだけ強く効いた。原因は後に突き止められている。cms-Tを作るミトコンドリアのたんぱく質に、この菌が出す毒素が結びつくのだ。被害はフロリダ南部の報告から始まって北へ広がった。その年に栽培された交配種の85%超が同じ細胞質だったから、被害は全国規模になった。1970年から1971年の流行で失われたのは米国のトウモロコシの15%、当時の金額で10億ドル。2015年の物価に直せば60億ドル以上にあたるとされる。南部には単収の30〜50%を失った産地もあった。
翌1971年、種苗会社はcms-Tから手を引き、雄穂を手で折る除雄に戻った。その年に売られた種は正常な細胞質の交配種が約25%、cms-Tの交配種が約25%、両者を混ぜた袋が約50%だったと記録されている。ここから読み取るべきは「F1が危険だ」ではない。読み取るべき点は一つだけだ。そろっていることは利点であり、同時に弱点でもある。そろった畑では全部の株が同じ弱点を分け合っている。1971年以降、この病気の同じ系統はトウモロコシの問題になっていない。原因が一つの細胞質への集中だったことを、その後の経過が裏づけている。
囲い込みの実体
F1は種苗会社を守るが畑で常に勝つわけではない
F1が種苗会社に何をもたらしたのか。答えは園芸学の論文にそのまま書いてある。米ニューメキシコ州立大学のクレーマーはタマネギの品種比較のなかで開放受粉品種を育成した会社にはほとんど保護がなかったと述べている。農家は自分で種を維持できるし、別の会社が別の名前で売ることもできたからだ。F1はこの状況を変えた。使った親系統の正体は伏せられ、元の親系統がなければ同じF1は作れない。論文は保護という言葉をはっきり使っている。その差は種の値段にも表れる。同じ論文が引く欧州の総説によれば、F1の種の価格は開放受粉品種の種の2〜3倍だ。囲い込みは批判者の比喩ではない。業界の内側から見た機能の説明でもある。
ところが同じ論文はF1が常に優れるわけではないことも数字で示している。ニューメキシコ州南部で1997年と1998年の秋にまいた比較試験だ。F1のタマネギは草丈が高く、葉の数が多く、成熟が7日早かった。ここまでは雑種強勢の見込みどおりである。しかし抽苔、つまり球ができる前にとう立ちして商品にならない株の割合はF1が38.5%、開放受粉品種が9.8%。可販収量は1エーカーあたりF1が837袋、開放受粉品種が1,182袋だった。F1が負けたのだ。著者によれば、比べた開放受粉品種の多くはこの地域で育成され、この地域によく適応していた。
二つの事実は矛盾しない。囲い込みの効き目は実在する。けれどもF1が採用された理由を囲い込みだけで説明することはできない。柿崎が1923年から1926年に記録したのは収量の数字だった。米国のトウモロコシ農家が交配種に切り替えたのも、収量と耐病性が上がったからだ。逆に、地域に適応した開放受粉品種のほうが成績のよい場面もある。F1は万能でも悪でもない。条件しだいで当たりも外れもある技術だ。判断をややこしくしている事情は別にある。その当たり外れが、種を誰が作れるかという別の問題と抱き合わせになっているのだ。
産業のかたち
日本で流通する野菜の種の約9割が海外で採られているのは、交配に条件が要るからだ
F1の種を採る畑には条件がつく。母親役と父親役を決まった比率で並べる。ほかの花粉が入らないように距離を取る。開花期を合わせる。雄性不稔や自家不和合性がきちんと働いているかを確かめる。そのうえ人手も要る。これを満たしやすい土地は限られるので採種は世界の適地に集約された。日本の種もその流れの中にある。農林水産省が2023年3月に公表した資料によれば、日本の種苗産業の市場規模はおよそ2,600億円。そのうち野菜が1,689.8億円を占める。そして国内で流通する野菜の種のおよそ9割は海外で生産され、輸入されたものだ。国内の備蓄は約1年分である。
切り替わりの速さも記録に残っている。米国農務省の統計部門によれば、米国のトウモロコシの作付面積に占める交配種の割合は1935年に1%、1940年に30%超、1960年には96%に達した。25年で1%から96%へ。もっとも、同じ1960年の数値を「90%近く」とする総説もあり、集計の仕方で幅が出る。世界の主要産地で現在97%以上とみられるという記述もある。ただしこちらは推定だ。桁は動かないものの、小数点以下まで断定できる一次資料は見つかっていない。確かなことが一つある。四半世紀のうちに、種は一度買えば済むものから毎年買うものに変わった。
家庭菜園で土に触れる人にとって、この産業のかたちは二つの姿で目の前に現れる。一つは選択肢だ。ホームセンターや通販の棚に並ぶ袋の多くは「交配」と印刷されたF1である。固定種は意識して探さないと見つからない。もう一つは依存だ。F1を選ぶかぎり、毎年その袋を買い直すことになる。どちらも悪いと決めつける必要はない。ただ、自分がどちらを選んでいるのかを知らずに選ぶのと、知って選ぶのとは違う。この特集が追っているのはその違いである。種を採るかどうかを決める前に、まいた種がどういう設計で作られているかを読めるようにしておく。この回の実用的な狙いはそこにある。
振り返り
今日辿ったのは、法律を使わずに種の再生産を止める一本の道筋である
出発点は家庭菜園の実感だった。F1から採った種をまくとそろわない。理由は三段ある。第一に、自殖を繰り返して作った二つの純系を掛け合わせると、一代目は全株が同じ組み合わせになってそろい、しかも親より大きく育つ。ジョージ・シャルが1908年と1909年に方法を示し、1914年にヘテロシスと名付けた。第二に、二代目ではメンデルの分離則が働く。ヘテロな組がわずか10あるだけで組み合わせは3の10乗、5万9,049通りに分かれる。第三に、その種を大量に作るために雄性不稔と自家不和合性が使われ、除雄という手作業が要らなくなった。起点はタマネギで1936年、ダイコンで1968年である。
この回の要点は三つある。第一に、F1を縛っているのは法律ではない。育成者権も特許も要らず、分離則という生物のしくみだけで再生産が実際上ふさがる。技術による囲い込みと呼ばれるのはそのためだ。第二に、その囲い込みは業界の内側でも保護として説明されている。ニューメキシコ州立大学のクレーマーの論文ははっきり書く。開放受粉品種には育成者の保護がほとんど無かったこと。F1は元の親系統がなければ再現できないこと。第三に、そろっていることには代償がある。1970年の米国で栽培された交配種の85%超が同じcms-T細胞質を持ち、ごま葉枯病でトウモロコシの15%、当時の10億ドルが失われた。
まだ分かっていないことも残る。まず、雑種強勢がなぜ起きるのかは今も決着していない。定義にも合意がなく、デュービックは2001年に遺伝的な基盤は今も不明だと書いた。次に、日本の野菜のうちF1が何割を占めるのか。一次資料にあたる数字はこの記事では確かめられなかった。九割以上とする記述は複数ある。しかし出どころをたどれるものが見つからないので本文には書いていない。さらに、米国のトウモロコシの1960年の普及率は農務省の統計で96%、総説では90%近くと食い違う。想定される反論にも触れておく。雄性不稔を危険視する言説は各国にある。だが1970年の事故を招いたのは雄性不稔そのものではなく、一つの細胞質への集中だった。この区別を落とせば話は正確でなくなる。
初日は種の所有をめぐる線引きを四つに分けて並べた。二日目のこの回は法律を使わずに効く囲い込みを一つ取り上げ、そのしくみを解いた。三日目は書類の線がいつ引かれたのかを見る。1930年に米国で植物に特許が認められた経緯だ。技術が先に囲い、法があとから囲う。この順序を頭に置けば三日目の年号の読み方が変わる。四日目は在来種を残す現場へ移る。1970年の事故はそこで扱う遺伝的な多様性の議論への入口でもある。五日目は日本の種苗法、六日目は育種の金がどの作物に集まるか、七日目は自家採種をめぐる論争だ。F1から採った種が翌年そろわないのは誰かが禁じたからではない。そういう作り方をしているからだ。では手元の種袋を裏返してみてほしい。あなたが今年まいたのは来年も自分の手で同じ野菜を作り直せる種か。それとも毎年買い直すように作られた種か。袋に印刷された「交配」の二文字を、あなたは読んだうえで選んだだろうか。
この記事の要点
- F1がそろうのは自殖を重ねた二つの純系を掛け合わせ、全個体が同じ遺伝子の組み合わせになるからだ。方法を示したのはジョージ・シャルの1908年と1909年の論文である。
- 二代目がばらけるのは、メンデルの分離則による。ヘテロな遺伝子の組が10あるだけで二代目に現れる組み合わせは3の10乗、5万9,049通りに広がる。
- F1を止めているのは法律ではない。育成者権も特許も使わずに、生物のしくみだけで再生産が難しくなる。だからこれは技術による囲い込みと呼ばれる。
- 雄性不稔が種の生産を工業化した。花粉を作れない母親を使えば除雄の手作業が要らない。タマネギは1936年、ダイコンは1968年の報告が起点になった。
- 均一さには代償がある。1970年の米国で栽培された交配種の85%超が同じcms-T細胞質を持ち、ごま葉枯病でトウモロコシの15%、当時の10億ドルが失われた。
- F1が常に勝つわけではない。ニューメキシコ州南部の秋まき試験ではF1タマネギの可販収量が1エーカー837袋にとどまり、地域に適応した開放受粉品種の1,182袋を下回った。
- 採種は世界の適地に集約された。日本で流通する野菜の種のおよそ9割は海外で生産され輸入されており、国内には約1年分が備蓄されている。
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