固定種・在来種・伝統野菜の科学と社会
種をつなぐとは何か——遺伝的多様性の科学から、世界と日本の在来野菜を守る仕組みまで
2026-06-23 · 26 分
スーパーに並ぶ野菜の多くは、毎年種苗会社から種を買い直す「F1(一代雑種)」品種です。一方で、何世代もの農家が自分で種を採り、その土地で選び続けてきた「固定種」「在来種」「伝統野菜」、英語圏でいう「エアルーム(heirloom)」があります。これらは単なる懐かしい野菜ではなく、地域の気候・食文化・人の手が長い時間をかけて磨き上げた“生きた遺伝資源”です。本コラムでは、固定種とF1の違いという基礎から、遺伝的多様性が失われる「遺伝的浸食」の科学、味と栄養の研究、ジーンバンクと種子主権という保全の仕組み、そして京野菜や江戸東京野菜に代表される日本の伝統野菜、さらに都市の菜園が在来種を守る場になっている世界の事例までを、約50本の研究をもとに横断します。
はじめに
種を「買う」時代に、種を「つなぐ」という選択
野菜を育てたことのある人でも、「来年もこの野菜の種を自分で採れるか」と問われると意外に答えに詰まります。現代の野菜の多くはF1(一代雑種)品種で、収量や形のそろいに優れる一方、その種を採って蒔いても親と同じ野菜にはなりません。だから農家は毎年、種苗会社から種を買い直します。これに対して固定種・在来種は、自分で採った種から同じ性質の野菜が育つため、農家自身が世代を超えて種をつないでいけます。
この違いは、味や栽培のしやすさだけの問題ではありません。固定種・在来種は集団の中に遺伝的な「ばらつき」を抱えており、それが病気や気候変動への適応力の源になります。世界の食料供給はわずか数種の作物への依存を強めており(Khoury et al., 2014, PNAS)、在来品種が静かに消えていく「遺伝的浸食」は食の未来そのものを細らせます。種をつなぐことは、選択肢を未来に残す行為なのです。
言葉の整理
固定種・在来種・伝統野菜・エアルーム——何がどう違う?
まず言葉を整理しましょう。「固定種」は、自家採種を繰り返しても形質が安定して受け継がれる品種を指します。「在来種(landrace)」は、ある地域で長年栽培される中で土地に適応し、遺伝的に多様でありながら全体としてまとまりを持つ動的な集団のことです(Camacho Villa et al., 2005)。「伝統野菜」はそうした在来種のうち、地域の食文化や歴史と強く結びついて呼び名が定着したもの。英語の「heirloom(エアルーム=家宝)」は、世代を超えて受け継がれてきた固定種をおおむね指します。
これらは互いに重なり合う概念で、厳密な線引きは文脈によります。重要なのは対義にあるF1品種との対比です。F1は異なる親をかけ合わせた一代目で、生育がそろい収量も高い反面、二代目(F2)では形質がばらけてしまう。だからこそ在来種・固定種が持つ「自分で種を採り、つないでいける」という性質が、地域の自立や生物多様性の観点から見直されているのです。ここから先は、その科学・保全・地域の実践を一つずつ掘り下げます。
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