アーバンファームDB
← 探究コラムへ
科学 × 社会無料公開中

ヨーロッパの中のドイツ——イギリス・フランス・ポーランドと並べて、何が本当に違うのか

市民菜園はドイツの専売ではない。違いは区画の数ではなく、賃料の上限・解約事由の限定・協会の法的地位

2026-09-08 · 19

特集 · ドイツはなぜ「庭の国」になったのか——法・組織・財団が守った150年7 / 7

ヨーロッパの地図を国ごとに密度の違う区画パターンで埋めたリソグラフ風の図。中央が最も密

ドイツを「庭の国」と呼ぶとき、暗黙のうちに「よそにはない」と言っています。しかしそれは事実ではありません。市民菜園の国際組織は1926年にルクセンブルクで設立され、現在はFédération Internationale des Jardins Familiauxとして欧州12か国の全国連合を束ね、200万世帯以上が加盟していると自称しています。区画数でもポーランドの全国組織PZDは2023年12月31日時点で901,869区画を管理しており、ドイツ小庭園連合会(BKD)が公表する867,092区画を上回ります。つまり「ドイツにはたくさんある」ではこの特集6日分で見てきたものを説明できません。本記事は最終回として比較の軸を「数」から「制度の強度」に移します。英国・フランス・ポーランド・オランダ・デンマーク・オーストリアと並べたとき、ドイツにだけ残るものは何か。答えは3点に絞れます——連邦法1本に束ねられた賃料上限と解約制限、協会(フェアアイン)を法が不可欠にしている構造、そして法が守るクラインガルテンと財団が支える共同菜園という二層構造です。

この記事をシェアXFacebookLINE

3分でわかる本記事の内容

  • 市民菜園はドイツの専売ではない。国際連盟は1926年にルクセンブルクで設立され、現在は欧州12か国の全国連合を束ね、200万世帯以上が加盟していると自称する。欧州評議会の参加資格も持つ。
  • 区画数でドイツは1位ですらない。ポーランドのPZDは2023年12月31日時点で4,582のROD・901,869区画・39,964ヘクタールを管理し、ドイツのBKDが示す867,092区画・44,000ヘクタールと拮抗する。
  • 英国は供給義務を持ちながら区画を失った。1908年以来の法で自治体に供給義務があるが区画は約150万から1990年代後半には約30万へ減り、いまイングランドの待機者は15万人超、12年で81%増えた。
  • フランスの全国連合はドイツと二桁違う。FNJFCは1896年創設だが自ら公表する規模は加盟団体86・園芸家13,092人。ドイツのBKDは約13,000の協会と約90万人を束ねる。
  • ドイツ固有の中核は法文2条にある。連邦小庭園法第5条は賃料を営利的な果樹・野菜栽培の地代の4倍までに制限し、第9条は解約事由を6つに限定する。第4条は非営利認定団体以外との中間賃貸借を無効とする。
  • 庭を残すのは記憶や文化ではなく制度だ——それが本記事の立場である。ただし因果は証明されていない。旧東ドイツ地域は人口の15%で全区画の半数超を占めており、1983年の西独法だけでは説明できない。

はじめに

市民菜園はドイツの専売ではない。ヨーロッパには1926年からの国際連盟

この特集は6日かけてドイツの中を歩いてきました。救貧の庭から始まり、1919年の小庭園令、ミッゲの団地、帝国連盟による組織化、東西分断、そしてミュンヘンの財団まで。しかしそれだけを読むと、市民菜園がドイツ固有の発明であるかのような錯覚が残ります。実際には違います。市民菜園の国際組織は1926年にルクセンブルクで設立され、現在はFédération Internationale des Jardins Familiauxを名乗って、オーストリア・ベルギー・デンマーク・フィンランド・フランス・ドイツ・ルクセンブルク・オランダ・ノルウェー・スウェーデン・スイス・英国の12か国の全国連合を束ねています。加盟世帯は200万を超えると自称し、欧州評議会の参加資格も持っています。都市に小さな畑を配るという発想はドイツの発明ではなく、ヨーロッパが1世紀にわたって共有してきた制度です。

面白いのはその12か国にポーランドが入っていないことです。ポーランドは区画数でヨーロッパ最大級の全国組織を持っていますがこの連盟の加盟国ではありません。つまり連盟の名簿を数えても実態はつかめないということでもあります。本記事は名簿ではなく制度の中身で比べます。英国・フランス・ポーランド・オランダ・デンマーク・オーストリアと並べたとき、ドイツにだけ残るものは何か。既刊の国別レポート『フランスのアーバンファーム事情』『オランダのアーバンファーム事情』『英国のアーバンファーム事情』は各国の歴史を語りました。本記事はその再話をしません。数字と条文だけを並べます。

比較の起点

区画数でほぼ並ぶドイツとポーランド。「多いから残った」が説明にならない理由

まず数を置きます。ドイツ小庭園連合会(BKD、旧ドイツ庭友連盟BDG)はクラインガルテンを867,092区画、面積44,000ヘクタールと公表しています。組織化された園芸家は約90万人、家族や友人を含めて畑を使う人は500万人。1区画の平均は370平方メートルです。一方ポーランドでは全国組織PZDの全国理事会が2024年4月16日付の通達で2023年12月31日時点の保有状況を4,582の家族菜園(ROD)、面積39,964.45ヘクタール超、区画数901,869と発表しました。ドイツよりやや狭い土地にドイツよりやや多い区画があるということです。オランダは約24万区画、デンマークは約6万区画とされます。

だから「ドイツには数が多いから残った」という説明は成り立ちません。むしろ逆。かつて最も多かったのは英国です。英国の区画は最盛期におよそ150万、それが1990年代後半には約30万まで落ちました。1918年時点で「庭の国」と呼ぶべきだったのはドイツではなく英国です。問うべきはいくつ作られたかではなく、いくつ生き延びたか、そしてどんな規則の下で生き延びたかです。ここから先の有料部分では英国・フランス・ポーランドを順に検証し、そのうえでドイツ固有の3点を条文で確かめ、最後に日本が1990年に何を輸入し、何を輸入しなかったのかを見ます。

参考・出典

比較① 英国

供給義務はあるが賃料上限も解約事由の限定もない英国

英国のアロットメントは1908年の小規模保有地・分区園法(Small Holdings and Allotments Act 1908)、1922年のアロットメント法、1950年のアロットメント法という一連の議会制定法で守られています。中核は自治体側の義務です。需要があれば、自治体は区画を用意しなければならない。この点だけを取れば、英国法はドイツの連邦小庭園法より強い。ドイツの法律は自治体に区画を作れとは一言も命じていないからです。ドイツ法は既にある庭を守る法であり、英国法は新しい庭を作らせる法です。

それでも英国は庭を失い、ドイツは失いませんでした。政治学の査読誌The Political Quarterlyに2024年に載ったブルームフィールドらの研究は英国の区画が約150万から1990年代後半には約30万へ減ったこと、ピークは1950年だったことを記しています。需要が消えたわけではありません。同じ研究が引くグリーンピース支援の情報公開請求によれば、イングランドの自治体の待機リストには現在15万人以上が並び、12年前から81%増えています。バーミンガム1市だけで113か所・7,300区画がありますがそれでも足りていません。供給義務があるのに区画が消え、リストだけが伸びる——この矛盾が示すのは供給義務が「手放す瞬間」には効かないということです。1908年以来の法は賃料に上限を設けず、区画を取り戻せる場合をドイツのように限定していません。

ここから引き出せる区別は単純です。供給義務と保有保障は別の道具である。英国は前者を持ち、ドイツは後者を持っています。そして都市の土地に住宅需要の圧力がかかったとき、効くのは後者のほうでした。

比較② フランス・オランダ

フランスの全国連合は会員13,092人。ドイツの協会密度との二桁の差

フランスの全国組織、Fédération Nationale des Jardins Familiaux et Collectifs(FNJFC)は1896年創設で2026年に130周年を迎えます。歴史はドイツと同じくらい古い。しかし自らのサイトが掲げる規模は加盟団体86、連合直営の庭81、園芸家13,092人です。対するドイツのBKDは約13,000のクラインガルテン協会、502の市・郡・地区・地域連合、20の州連合を傘下に置き、約90万人を組織しています。フランス人が庭を耕さないという話ではありません。フランスには別の系統のネットワークもあります。ただ、全国規模で交渉し、法務を抱え、土地を守る単一の組織の大きさが二桁違うということです。

オランダは区画数では健闘しています。約24万区画とされ、国土面積を考えれば密度は高い。しかし連邦小庭園法に相当する国法はありません。この二国を並べると、ドイツの違いが人々の熱意ではないことがはっきりします。違うのは個々の耕作者と自治体のあいだに挟まる中間層——協会——の密度です。

その密度が効く理由は条文に書いてあります。連邦小庭園法第4条第2項は区画を転貸する目的で敷地全体を借りる契約を「中間賃貸借(Zwischenpachtvertrag)」と定義し、その第2文で非営利と認定されたクラインガルテン団体または自治体以外と結ばれた中間賃貸借は無効(nichtig)だと定めています。つまり土地所有者は協会を飛ばして個人に貸すことが法律上できません。第3項はさらに公共の利益が求める場合、貸主は敷地の管理を認定団体に移さなければならないとしています。協会は「あると便利な自治組織」ではなく、法が不可欠部品として組み込んだ存在です。自治体が敷地をほしいと言い出したとき、交渉相手は200人の個人ではなく、法的地位を持つ1つの組織になります。

比較③ ポーランド

数では並ぶポーランド、2013年法が社会的機能へ書き換えた菜園の目的

ポーランドの家族菜園(rodzinne ogrody działkowe、略してROD)は数の上でドイツと肩を並べます。PZD全国理事会の通達によれば、2023年12月31日時点で4,582のROD、39,964.45ヘクタール超、901,869区画。うち家族区画そのものの面積は31,725ヘクタール超。差分は共用地です。PZDは24,843.67ヘクタール超を永久用益権として、15,044.35ヘクタールを用益として、76.42ヘクタール超を所有権として保有しています。前年比ではRODが5減、面積が79ヘクタール超減りました。減少はしていますが緩やかです。

しかし法的な組み立てはドイツと違います。転機は2012年7月11日、ポーランド憲法裁判所が事件番号K 8/10で2005年の家族菜園法の24の条項を違憲と判断したことでした。菜園を設置するPZDの独占、区画利用者にPZD会員であることを求める規定、PZDの税・手数料免除、自治体に土地の引き渡しを義務づける規定——いずれも憲法に反するとされました。これを受けて2013年12月13日に新法が成立し、2014年1月19日に施行されます。新法はRODの目的を、園芸を通じたレクリエーション需要の充足、地域社会の成員の社会的条件の改善、困難な状況にある家族の支援と機会均等、多世代の統合と子どもの健全な環境での教育、年金生活者の活動と健康の維持、高齢者と障害者の社会的統合、荒廃地の社会と自然への回復、と列挙し直しました。

並べると差がわかります。ポーランドの法は菜園を社会的機能の言葉で定義し直しました。ドイツの法は価格と解約という契約条件そのものを縛っています。どちらも鍵ですがかかっている場所が違う。社会的機能は評価と解釈の対象になりますが、営利栽培地代の4倍という上限は計算の対象です。土地の価値が上がったとき、後者のほうが動かしにくい。

検証

ドイツ固有の3点——賃料の上限・解約事由の限定・二層構造

第一に、賃料の上限です。連邦小庭園法第5条第1項はこう書いています。「Als Pacht darf höchstens der vierfache Betrag der ortsüblichen Pacht im erwerbsmäßigen Obst- und Gemüseanbau, bezogen auf die Gesamtfläche der Kleingartenanlage verlangt werden.」——賃料として請求できるのは営利的な果樹・野菜栽培における地域相場の地代の4倍までであり、しかも敷地全体の面積を基準とする。この一文が何をしているかというと、都市の土地が低収益の用途を追い出す通常のメカニズムを止めています。クラインガルテンは市場が払える額では貸せません。この規定に相当するものは英国にもフランスにもポーランドにもオランダにもありません。

第二に、解約事由の限定です。同法第9条は貸主が通常解約できる場合を6つに限定しています。書面警告の後も園芸的でない使い方を続けるか義務に違反する場合(ラウベを常時の住居として使うことを含む)、敷地の再編・園路の改善・遊び場や駐車場の設置に必要な場合、所有者または同居者が自らの栽培のために必要とし他に適地がない場合、他の用途が法的に許されており継続が所有者に著しい不利益をもたらす場合、地区詳細計画(Bebauungsplan)が定める他の用途に近く転換される場合、計画確定手続の完了後または国土取得法上の目的で近く必要となる場合——これだけです。加えて解約の効力は11月30日にしか生じず、第11条は補償を定めています。英国の諸法にこうした列挙はありません。

第三に、二層構造です。法が守るクラインガルテンは867,092区画・44,000ヘクタール・約13,000協会。その外側にミュンヘンの財団anstiftungが支える共同菜園・異文化庭園のネットワークがあります(第6回の主題です)。ドイツはどちらかを選びませんでした。法の層が土地を押さえ、財団の層が実験を引き受ける。ヨーロッパで最も厳格な菜園法を持つ国が同時に最も活発な共同菜園運動の場でもあるのは矛盾ではなく、制限への回答です。連邦小庭園法が守るのは「クラインガルテン」の定義に当てはまるものだけです。移動する菜園、年ごとに借りる土地の上の庭、難民や移民が始めた庭——定義から外れるものには別の支えが要り、それは法ではなく民間の財団という形で用意されました。anstiftungが後押しした2014年のUrban Gardening Manifestには約200のプロジェクトが署名しています。

共通の圧力

住宅建設との衝突も待機も各国共通。ウィーンが示すのは菜園が内側から住宅に変わる道

ドイツの保護が安定しているという印象は2026年の現状には合いません。ベルリン州政府は2025年12月9日、州有地上のクラインガルテンを守るクラインガルテン用地保全法(Kleingartenflächensicherungsgesetz)案を可決しました。対象は州有地上の56,280区画・約2,283ヘクタールです。転用には州議会の同意が要り、明示的に規定された例外に限られ、放棄される施設の集水域内に同等の代替地を用意しなければならない。この法案は2026年2月26日に州議会を通過しました。ただし批判は三方向から出ています。緑の党は最大500区画を要するシュペーツフェルデの住宅計画を挙げて政策全体の転換がなければ効かないと述べ、左派党は例外が解釈に開かれすぎていると指摘し、AfDは不十分だとして唯一反対に回りました。保護は完成した状態ではなく、いま交渉されている最中の状態です。

需要超過も共通です。BKDによれば、大都市で申し込んだ後の待機期間は全国平均で3年。バイエルンとバーデン=ヴュルテンベルクの大都市では4〜6年、ベルリンでは7年、ハンブルクでは8年に達することもあります。方向はイングランドの15万人超という待機者数と同じです。違うのは供給側が縮み続けているかどうかだけです。なお分布は均一ではありません。連邦内務省の2018年時点のデータでは旧東ドイツ地域(ベルリンを除く)は全人口の15%しか住んでいないのに全クラインガルテンの半数超を抱え、住民100人あたりの区画数は4。旧西ドイツの面積州では0.5です。ザクセンは5、ザールラントとラインラント=プファルツは0.2弱。「ドイツ」と一括りにできる話ではありません。

そしてウィーンは別の結末を示しています。ウィーン市は「通年居住のための小庭園地区」(EKLW)という用途地域を設け、そこでは延床50平方メートルまでの小庭園住宅(Kleingartenwohnhaus)に通年で住むことが認められます。それだけでなく、ウィーン州は小庭園住宅の新築に住宅建設助成(Wohnbauförderung)を出しています。結果はウィーン市自身の統計に表れています——1996年以降、従来型クラインガルテンの総面積も区画数も減り続け、代わりに通年居住用に指定された区画とその面積が増え続けている。デベロッパーが取り上げたのではありません。区画を持つ人自身が1軒ずつ内側から住宅に変えていったのです。連邦小庭園法第9条第1項が「ラウベを常時の住居として使うこと」を解約事由に名指ししているのはまさにこの経路を塞ぐためです。デンマークは逆の道を取りました。2001年のコロニヘーヴ法により、2001年11月1日より前に設けられた区域の大半は「恒久コロニヘーヴ区域」となり、重大な社会的必要が当該自治体の他の場所では満たせない目的のために求める場合にのみ、しかも撤去前に代替区域を用意した場合にのみ廃止できます。住宅建設や新規の事業用建築は通常その「重大な社会的必要」に当たらないと明示されています。

日本への実践

1990年に日本が輸入したラウベと、輸入しなかった賃料上限・解約制限

日本が「クラインガルテン」という言葉を制度に取り込んだのは市民農園整備促進法(平成2年法律第44号、1990年6月22日公布)です。第1条は目的をこう定めます。「主として都市の住民のレクリエーション等の用に供するための市民農園の整備を適正かつ円滑に推進するための措置を講ずることにより、健康的でゆとりのある国民生活の確保を図るとともに、良好な都市環境の形成と農村地域の振興に資することを目的とする。」第2条は市民農園を農地と市民農園施設——農機具収納施設、休憩施設など——の総体として定義しています。この「休憩施設」が日本の滞在型市民農園に建つ小屋の法的な足場です。ラウベは輸入されました。

輸入されなかったものがあります。この法律には賃借料の上限規定がありません。解約制限の規定もありません。市民農園区域の指定や整備運営計画の認定はあくまで行政的・計画的な仕組みであって、賃貸借の条件そのものには踏み込んでいません。結果として、日本の滞在型市民農園はドイツの小屋とドイツ風の景観を持ちながら、ドイツの鍵を1つも持っていません。地主の採算計算が変われば、法律のどこにも畑を持ち続けるほうが売るより有利になる理由は書かれていません。

実務的な含意は2つです。第一に、動かせるのは小屋でも景観でもなく、地代の算定根拠です。地代を宅地価格ではなく農地価格に連動させる算式を契約に書き込めば、第5条と同じ働きをします。第二に、借り手を個人ではなく組織にすることです。連邦小庭園法第4条は認定団体以外との中間賃貸借を無効とすることで協会を法的に不可欠にしました。日本の自治体は国の法改正を待たなくても、この2つを条例と貸付契約の中に書けます。そしてドイツの2つ目の道具は費用がかかりません。13,000の協会は1983年の法律が作ったのではなく、法律が既にあったものを承認したのです。順序を間違えないことが大切です。

振り返り

7日間の結論——庭を残すのは記憶や文化ではなく法と組織

7日間の道筋をたどり直します。初日は救貧の庭から共同菜園までのドイツ200年を見取り図として置きました。第2回は1919年7月31日、飢餓が書かせた小庭園令——現物の窮乏が法をどう生んだか。第3回はミッゲの庭を歩き、ブリッツ、レーマーシュタット、バウハウスのテルテン団地が100年後にどうなったかを確かめました。第4回は帝国連盟による100万会員の組織化、つまりナチスが菜園をどう束ねたか。第5回は東の150万人と西の1983年法、分断が作った二つの庭。第6回はミュンヘンの財団anstiftungが1,000の共同菜園をつなぐ「自分でつくる」ネットワーク。そして本日が比較です。救貧から法へ、法から現物へ、現物から組織化へ、組織化から分断へ、分断から財団へ、財団から比較へ——この順序自体がこの特集の主張でもあります。

通底する論点を3つ、数字と固有名で置き直します。第一に、法が荷重を受けている。連邦小庭園法第5条第1項の「営利的な果樹・野菜栽培の地代の4倍まで」という上限と、第9条の6つに限られた解約事由。都市の土地が低収益の用途を追い出す通常の力をこの2つが止めています。第二に、その法は組織の上に載っている。約13,000の協会、502の地域連合、20の州連合、867,092区画、44,000ヘクタール。第4条は認定団体以外との中間賃貸借を無効とし、協会を法的な必須部品にしました。英国はより強い供給義務を持ちながら、約150万区画のうち120万を失っています。第三に、法が守れないものは財団が引き受けた。定義から外れる庭——移動する菜園、異文化庭園、年ごとの借地——を、公的制度ではなくミュンヘンの民間財団が支えています。

留保も残しておきます。第一に、この特集はドイツ法が存続を「もたらした」ことを証明していません。ポーランドは4倍の上限を持たないまま901,869区画を保っています。そして旧東ドイツ地域が全人口の15%で全区画の半数超を占めるという偏りは1983年の西独法よりも東ドイツの40年に多くを負っています。因果ではなく相関を見ている可能性を読者は割り引いてください。第二に、保護は完成形ではありません。ベルリンの2026年2月の新法は例外規定が解釈に開かれているとして緑の党・左派党・AfDの三方向から批判を受けました。第三に、数字の読み方に注意が要ります。全国連合の公表値は「その連合が組織している数」であって、その国に存在する総数ではありません。フランスの13,092人はFNJFCの自己申告であり、フランスの市民菜園の総数ではないのです。

読者が次に取れる行動は3つあります。第一に、身近な市民農園や共同菜園の貸付契約を1本読んでみてください。賃料はどう算定されているか、貸主はどんな場合に解約できると書いてあるか。この2点だけでその畑がどれだけ守られているかがわかります。第二に、その畑の借り手が個人か組織かを確かめてください。組織であれば、その組織は自治体と直接交渉できる立場にありますか。第三に、自治体に提案するなら、要望は「畑を守ってください」ではなく、「地代の算定を農地価格に連動させてください」「貸付先を個人ではなく運営団体にしてください」という条項の形にしてください。ドイツの150年が示すのは庭を残すのが思い出でも文化でもなく、契約書と条文に書かれた具体的な2〜3行だということです。

この記事の要点

  • 市民菜園はドイツの専売ではない。1926年ルクセンブルク設立の国際連盟は欧州12か国の全国連合を束ね、200万世帯以上が加盟していると自称する。ドイツは参加者の一人にすぎない。
  • 区画数ではドイツは首位ではない。ポーランドのPZDは2023年12月末で901,869区画を管理し、ドイツのBKDの867,092区画を上回る。数の多さは存続の理由にならない。
  • 英国は供給義務を持ちながら区画を失った。1908年以来の法で自治体に義務があるが約150万区画は1990年代後半に約30万へ減った。供給義務と保有保障は別の道具である。
  • ドイツ固有の中核は条文2つに集約される。連邦小庭園法第5条は賃料を営利栽培地代の4倍までに制限し、第9条は解約事由を6つに限定する。相当規定は英仏波蘭のいずれにもない。
  • 協会は慣習ではなく法定の必須部品である。第4条第2項は非営利認定団体または自治体以外と結ばれた中間賃貸借を無効とする。約13,000の協会が交渉主体として制度に組み込まれている。
  • ウィーンは菜園が内側から住宅に変わる道を示す。通年居住用の用途地域と50平方メートルまでの小庭園住宅、さらに州の住宅建設助成があり、1996年以降、従来型区画は減り続けている。
  • 日本は1990年の市民農園整備促進法でラウベを輸入したが賃料上限も解約制限も輸入しなかった。動かせるのは小屋ではなく、地代の算定根拠と、借り手を個人ではなく組織にすることである。

このコラムは無料公開中です

新しいコラムが公開されると、古い記事は会員限定アーカイブに入ります。無料ニュースレターに登録すると、新着コラムと世界の都市農の動きを毎週メールで受け取れます。

いつでも1クリックで解除できます。

読者フィードバック

この記事は参考になりましたか?

ログイン不要。同じ端末からは1記事につき1票で、選び直すこともできます。

この記事をシェアXFacebookLINE

関連コラム

ヨーロッパの中のドイツ——イギリス・フランス・ポーランドと並べて、何が本当に違うのか