なぜ都市は、堆肥を「ごみ」に変えたのか——化学肥料と埋立地の20世紀
空気から窒素をつくった日、都市の有機物は買い手を失った。値段の消滅と、埋めるという技術の発明
2026-08-21 · 19 分
特集 · コンポストの現在地——制度・経済・限界3 / 7

昨日の第2回『堆肥にしないと、どれだけのメタンが出るのか』は、埋立地に入った生ごみが酸素のない場所で何を出すかを会計してきました。あの計算は、生ごみが埋立地に行くことを与件としています。本記事は、その与件のほうを疑います。都市の有機物が埋立地に向かうようになったのは、せいぜいこの100年ほどの出来事です。それ以前、し尿も生ごみも灰も、農家が金を払って引き取っていく商品でした。何がその値段を消したのか。1913年9月9日、ドイツのオッパウで世界初のアンモニア合成工場が動き出し、日産30トンで窒素を空気から取り出しはじめます。畑の肥沃さは、都市が出すものと切り離されました。買い手を失った有機物は「余りもの」になり、1937年、カリフォルニア州フレズノで、それを衛生的に埋めるという技術が発明されます。堆肥が『ごみ』になったのは、堆肥の性質が変わったからではありません。値段が消え、埋める方法が見つかったからです。この記事は、その値段が消えた過程を追い、それに抗った少数派——ハワードとロデイル——の系譜を確認し、いま同じ循環を再建しようとしている制度が、何を買い戻そうとしているのかを見ます。
3分でわかる本記事の内容
- 起点は1913年9月9日である。BASFのオッパウ工場が日産約30トンでアンモニア合成を開始し、1918年にはドイツ全体で年20万トン超に達した。肥沃さが都市の排出物から切り離された。
- だが化学肥料は単純な悪役ではない。Erismanら(2008年, Nature Geoscience)は、世界人口のおよそ48%がハーバー・ボッシュ法由来の窒素に支えられていると推計している。
- 埋立は捨て場ではなく1937年に設計された技術である。技師ジーン・ヴィンセンツによるフレズノの衛生埋立地は、溝掘り・圧縮・日々の覆土を定式化し、2001年8月7日に国定歴史建造物に指定された。
- 日本の循環は意識ではなく経済で切れた。環境省の白書は、戦後の農地改革と化学肥料の普及で農村がし尿を使わなくなり「行き場を失ったし尿の処理が問題になった」と明記している。
- 抗った系譜は細く、しかし途切れなかった。アルバート・ハワードは1940年に『農業聖典』を出し、J.I.ロデイルは1940年にエマウスの63エーカーの農場を買い、1942年に雑誌を創刊した。
- 本記事の立場は、堆肥化政策とは100年前に消えた買い手を制度で作り直す作業だ、というものである。米国では2018年に1億4,610万トンが埋め立てられ、堆肥化された食品廃棄物は260万トンだった。
はじめに
1913年9月9日、肥沃さは都市の排出物と縁を切った
1913年9月9日、ドイツ・ルートヴィヒスハーフェン近郊のオッパウで、世界初のアンモニア合成工場が稼働しました。BASFの記録によれば、当初の生産能力は日産約30トン。運転開始からわずか1年で日産40トンに達し、1918年にはドイツ全体で年間20万トンを超える合成アンモニアを生産するようになります。フリッツ・ハーバーが1908年10月13日に「元素からのアンモニア合成」の特許を出願し、カール・ボッシュがそれを高圧の工業装置に翻訳した、その帰結でした。この工場が何をしたのかを、肥料の側からではなく、都市の側から言い直してみます。それまで畑の窒素は、堆肥、厩肥、し尿、油粕、魚肥、そしてチリ硝石といった「どこかから運んでくるもの」でした。窒素を空気から取り出せるようになった瞬間、そのリストの上位項目が要らなくなったのです。
そして「要らなくなった」という言い方は、経済的には正確ではありません。正しくは「値段がつかなくなった」です。江戸の下肥も、ヨーロッパの都市の廐肥も、単なる善意の循環ではなく、農家が対価を払って買っていく商品でした。運搬に人手と船と荷車のコストがかかり、それでも払う価値があるほど窒素が希少だったからです。合成窒素は、その希少性そのものを消しました。輸送も貯蔵も容易で、成分が一定で、量あたりの窒素濃度が桁違いに高い商品が現れれば、重くて臭くて品質のばらつく都市の有機物は、市場から静かに退場します。買い手を失った物は、その瞬間から「余りもの」になり、やがて「処分すべきもの」になります。この記事が追うのは、その値札が消えていく過程です。
本記事の主張
堆肥は「ごみ」に落ちたのではない。値段を失い、埋める技術が用意されただけである
本記事の主張は二段構えです。第一に、都市の有機物が廃棄物に転落した第一原因は、衛生意識でも都市化でもなく、代替財の登場による価格の消滅である。第二に、価格が消えただけでは「ごみ」は成立しない。行き場のない物質を安く・大量に・とりあえず無害そうに始末する技術が要ります。それが1937年にカリフォルニア州フレズノで実装された衛生埋立(sanitary landfill)でした。技師ジーン・ヴィンセンツの方式は、溝を掘り、廃棄物を投入して圧縮し、毎日土で覆う。露天投棄が抱えていたネズミ・臭気・散乱という三つの苦情を、同時に見えなくする設計です。1950年代までに、この方式は米国で最も広く使われる処分方法になりました。値段の消滅と埋立技術の普及、この二つが揃ってはじめて、都市の有機物は「ごみ」というカテゴリーに定着します。
この見方を採ると、いま各国で進む堆肥化の義務づけの正体も違って見えてきます。それは環境意識の高まりの表現である以前に、100年前に消えた買い手を、制度によって人工的に作り直す作業です。分別を義務づけ、埋立を禁じ、処理料金に差をつけ、認証制度を設ける——どれも、市場が値段をつけなくなった物質に、行政が別の理由で値段をつけ直す操作にほかなりません。以下ではまず化学肥料が何を置き換えたのかを確認し、日本の下肥循環がいつ切れたのかを見て、埋立という技術の来歴を辿り、それに抗ったハワードとロデイルの系譜を確認します。最後に、いま再建されようとしている循環が、かつての循環とどこが違うのかを整理します。
参考・出典
- BASF, 1913 / First Ammonia Synthesis Plant (Oppau)
- Erisman, Sutton, Galloway, Klimont & Winiwarter, How a century of ammonia synthesis changed the world, Nature Geoscience 1, 636–639 (2008)
- FAO, Inorganic fertilizers 2002–2023 (FAOSTAT Analytical Brief)
- National Park Service / City of Fresno, Fresno Sanitary Landfill — National Historic Landmark Nomination (2001)
- US EPA, EPA History: Resource Conservation and Recovery Act (RCRA, 1976)
- US EPA, National Overview: Facts and Figures on Materials, Wastes and Recycling (1960 / 2018 landfilling and composting)
- US EPA, Municipal Solid Waste Landfills (number of MSWLFs, 2009)
- 環境省「平成20年版 環境/循環型社会白書」江戸の循環と戦後のし尿処理問題
- 星野高徳「戦後日本における屎尿処理政策の変容——不衛生処分の残存と下水処理化の進展」社会経済史学 87巻2号 (2021年)
- Rodale Institute, Our Story (1940 Emmaus farm, 1942 magazine, 1947 institute)
- Rodale Institute, Farming Systems Trial (established 1981)
- EUR-Lex, Council Directive 1999/31/EC on the landfill of waste (biodegradable municipal waste diversion targets)
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