都市農地の脆さ——愛された農園は、なぜ更地になるのか
立ち退き・予算削減・制度の失敗。土地を守れなかった事例と、農園を長生きさせる仕組み
2026-07-24 · 16 分
何百人もが野菜を育て、子どもが土に触れ、地域の誇りだったコミュニティ農園が、ある日ブルドーザーで更地にされる——世界中でこれが繰り返されてきました。全米最大級だったサウス・セントラル・ファーム、ロンドン五輪で立ち退かされたマナー・ガーデン、市の予算削減で閉鎖された各地のシティファーム。本コラムは、都市農地が失われた実例を三つの型(強制立ち退き・緩やかな喪失・公的支援の打ち切り)に整理し、その根本にある『土地保有の不安定さ』という共通の弱点を明らかにします。そして、農園を一過性で終わらせないために世界が編み出してきた仕組み——コミュニティ・ランド・トラスト、恒久保全、日本の生産緑地——までを見ていきます。
はじめに
収穫の直前に、ブルドーザーが来る
2006年、ロサンゼルス。約350世帯が14エーカーの土地で野菜を育てていた『サウス・セントラル・ファーム』——全米最大級の都市農園——に、強制執行の日が訪れた。有名俳優が抗議のため木の上に立てこもり、世界的なニュースになったが、農園は市による土地売却のあと更地にされた。十数年かけて育てられた土壌と作物、そして数百人のコミュニティが、一日で失われた。
同じことが、形を変えて世界中で起きている。ロンドン五輪の会場整備で立ち退かされたマナー・ガーデン・アロットメンツ。再開発で撤去されたニューヨークのアダム・パープルの庭やエスペランサ・ガーデン。市の予算削減で閉鎖された英国ニューアム・ゴーギー・コヴェントリーのシティファーム。これらは例外的な不運ではなく、都市農地が構造的に抱える『脆さ』の表れである。
なぜ重要か
「つくる」ことより、「残す」ことのほうが難しい
アーバンファームの立ち上げは、熱意と少しの資源があれば始められる。だが、それを5年、10年、30年と残していくことは、まったく別の難しさをもつ。多くの都市農園は、他人の土地を一時的に借りて成り立っており、地価が上がったり、開発計画が動いたり、予算が削られたりした瞬間に、優先順位の低い『暫定利用』として真っ先に切り捨てられる。この失敗事例群は、『土地をどう確保するか』を最初に設計しなければ、どんなに愛された農園も守れない、という厳しい現実を教えてくれる。
型①
強制立ち退き——開発とオリンピックに消えた農園
第一の型は、開発や公的プロジェクトによる強制的な立ち退きだ。サウス・セントラル・ファームは、市がかつて収用した土地を元の地主に売り戻したことで、農園全体が退去を迫られた。ロンドンでは、2012年五輪のメディアセンター建設のため、約100年の歴史をもつマナー・ガーデン・アロットメンツが立ち退かされた。移設先が用意されたものの、栽培者たちが築いた土壌とコミュニティは元には戻らなかった。
ニューヨークは、この型の宝庫だ。1980年代から90年代にかけて、再開発の波のなかでアダム・パープルの『エデンの園』やエスペランサ・ガーデン、チコ・メンデス壁画庭園といった名だたる住民主導の農園が次々と撤去された。英国のオールド・タイドミル・ワイルドライフ・ガーデンやグロー・ヒースローも、再開発・インフラ計画のなかで排除されている。共通するのは、農園が『暫定的にそこにあるもの』とみなされ、より収益性の高い用途の前に消されたことだ。
型②
緩やかな喪失——統計が示す市民農園の消滅
第二の型は、一件ずつは目立たないが、統計で見ると劇的な『緩やかな喪失』だ。英国10都市の古地図をGISで分析した Dobson と Edmondson の研究(2020年)は、市民農園(アロットメント)の用地が20世紀半ばの最盛期から約65%減少したことを明らかにした。しかも最も剥奪された地域は、最も裕福な地域の8倍の速さで農園を失っていた。食料を育てる場所へのアクセスの不平等が、静かに拡大していたのである。
同じ現象は各地で確認されている。プラハの市民農園用地の喪失を追った Spilková と Vágner の研究(2016年)は、都市計画と民間開発の相反する圧力の下で、計画政策が食料生産用地を守れず、既存の都市農業より再開発を優先した過程を記録した。米国40都市の土地アクセス政策を精査した Santo らのレビュー(2024年)も、支援の多くが安定的な長期保有ではなく『一時利用』に偏っており、農家が必要とする持続的な土地アクセスをほとんど提供できていないと指摘している。
型③
公的支援の打ち切り——制度と予算が消えるとき
第三の型は、農園そのものではなく、それを支えていた『制度や予算』が消える失敗だ。英国では、市議会の年間助成に依存していたシティファームが、緊縮予算のなかで次々と閉鎖された。ロンドン最古級のニューアム・シティファーム(2022年閉鎖)、年間約20万人が訪れたエディンバラのゴーギー・シティファーム(2019年清算)、25年続いたコヴェントリー・シティファーム(2008年閉鎖)。カナダのエドモントンでは、フードバンクへ収穫を寄付していた市営菜園事業が、税率抑制のための予算削減で『必要ではなく望ましい事業』として2025年に打ち切られた。
制度の側でも失敗は続く。先進的とされた食料政策協議会が解散した事例——ポートランド・マルトノマ(2012年解散)をはじめ、オレンジ郡やデンバー、ワシントンDCでも予算削減で機能を失った。米国では、都市農家の土地・資本アクセスを支えていたUSDAの助成プログラムが事業途中で打ち切られ、地域食ビジネスセンターも稼働間もなく廃止された。1975年にデトロイト市が始めた市営菜園『ファーム・ア・ロット』も、市の財政難で公費が途絶えて解散している。制度は、つくるより維持するほうがはるかに難しい。
根本原因 ④
共通の弱点——「借りている」という不安定さ
三つの型に共通するのは、都市農地の圧倒的多数が『他人の土地を、弱い権利で使っている』という事実だ。地主の好意による無償貸与、短期の賃貸借、いつでも撤回できる占有許可(ライセンス)——こうした不安定な保有形態のうえに、農園は成り立っている。パリの都市農園を分析した研究は、建設予定地に置かれた農園が許可撤回のたびに移設を強いられる『遊牧的』な状態を描き、暫定利用政策の構造的な不安定性を露呈させた。土地の権利が弱ければ、どれだけ愛され、どれだけ生産的でも、農園は開発の前に無力である。
この視点は、成功と失敗を分ける最大の分岐点を教えてくれる。農園の価値を高める努力(良い土づくり、コミュニティ形成、集客)は、皮肉にも土地の価値を高め、立ち退きの誘因を強めることさえある。だからこそ、農園を長生きさせたいなら、活動を充実させる前に、あるいは少なくとも同時に、『土地の権利をどう固めるか』に取り組まなければならない。
処方箋 ⑤
農園を長生きさせる仕組み——世界と日本
失敗の裏側で、農地を守る仕組みも育ってきた。ニューヨークでは、1999年に市が114のコミュニティ農園用地を競売にかけようとした際、住民の訴訟と非営利団体による買取、そして州司法長官の提訴を経て競売は中止され、2002年の和解で多数の農園が恒久保全された。この経験から、土地を市場から切り離して保有する『コミュニティ・ランド・トラスト(CLT)』や土地信託が、農園を守る主要な手段として広がった。土地を『誰かの資産』ではなく『みんなの共有地』にすることが、立ち退きへの最も確実な防波堤になる。
日本には、これに通じる独自の制度がある。1992年の改正で導入された『生産緑地』は、市街化区域内の農地を都市計画で守り、税制上の優遇と引き換えに営農の継続を担保する仕組みだ。市民農園整備促進法や特定農地貸付法、都市農地の貸借円滑化法(2018年)も、農地を『残す』ための制度的な足場を提供している。2022年のいわゆる『生産緑地の2022年問題』を大きな混乱なく越えられたのも、こうした枠組みが機能したからだ。
実務への示唆は明快だ。第一に、農園を始める前に土地の権利を可能なかぎり固めること——長期契約、公有地の恒久利用、非営利による保有、生産緑地の活用。第二に、行政・地主との協定を、担当者や首長が代わっても続くよう文書と制度で担保すること。第三に、公的支援に依存する場合は、その予算が単年度で消えうる前提で、資金源を複線化しておくこと。愛や生産性は農園を守らない。守るのは、土地の権利と、それを支える制度である。
この記事の要点
- 都市農地の喪失には三つの型がある——強制立ち退き(サウス・セントラル・ファーム、五輪のマナー・ガーデン)、緩やかな喪失(英国で市民農園が約65%減)、公的支援の打ち切り(シティファーム閉鎖、食料政策協議会の解散)。
- 根本原因は共通して「土地保有の不安定さ」。多くの農園は弱い権利で他人の土地を借りており、地価上昇・開発・予算削減の前に真っ先に切られる。
- 農園の価値を高める努力は、皮肉にも土地の価値を上げ立ち退きを誘発しうる。だから活動より先に(または同時に)権利を固める必要がある。
- 処方箋はコミュニティ・ランド・トラスト、恒久保全、日本の生産緑地・貸借円滑化法など「土地を残す仕組み」。守るのは愛や生産性ではなく、権利と制度。
参考・出典
- Dobson, M. C. & Edmondson, J. L. (2020) Urban food cultivation in the UK: quantifying loss of allotment land (Landscape and Urban Planning)
- Spilková, J. & Vágner, J. (2016) The loss of land devoted to allotment gardening in Prague (Land Use Policy)
- Santo, R. et al. (2024) From access toward sovereignty: municipal land access policies for urban agriculture in the US (Elementa)
- Coplen, A. K. & Cuneo, M. (2015) Dissolved: Lessons Learned from the Portland Multnomah Food Policy Council (JAFSCD)
- South Central Farm (Wikipedia — history and 2006 eviction)
- Manor Garden Allotments (Wikipedia — eviction for the 2012 Olympics)
- Gorgie City Farm: one of Scotland's last urban farms collapses (BBC News, 2019)
- 100 Gardens — Protests of the 1999 Garden Auction and the 2002 settlement (GrowNYC)
- 生産緑地地区(Wikipedia)——都市農地を守る日本の制度
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