測れない価値を、測ろうとすることの罪と意義——インパクト評価への反論、そして実践
数字に残らないものを、数字にしようとすることは、間違いなのか
2026-09-01 · 22 分
特集 · 「社会にいい」は、どう測るのか——アーバンファームとソーシャルインパクト7 / 7

この特集は、「善意だけでは資金が集まらない」という観察から始まりました。7日をかけて、SROIという道具の仕組み、インパクト投資という言葉の若さ、ソーシャル・インパクト・ボンドという契約の光と影、日本の休眠預金という具体的な資金の流れ、そして評価そのものにかかる重いコストを見てきました。最終回の今日は、この特集がずっと避けてきた、最も根本的な問いに向き合います。畑での偶発的な出会いや、そこで芽生える信頼や尊厳は、そもそも指標になじむものなのでしょうか。数値化になじまない価値が指標からこぼれ落ちる問題と、成果を誇張・単純化する「インパクトウォッシュ」という批判を正面から扱ったうえで、それでも測定を続ける意義がどこにあるのかを示し、7日間全体を締めくくります。
3分でわかる本記事の内容
- 「インパクトウォッシュ」への懸念は、投資家の大多数が共有する感覚である。GIINの2020年調査で回答者の66%がこれを、インパクト投資市場の健全な発展を妨げる最大要因として挙げた。
- SROIそのものへの学術的批判もある。2013年の学術誌『Voluntary Sector Review』掲載論文は、SROIが「還元主義的」であり、質的な社会的成果を金額に換算することは「可能でも望ましくもない」と論じた。
- 誇張された成果報告は、実際に社会を欺いた前例がある。英国のチャリティ「キッズ・カンパニー」は2011〜2013年の年次報告で「年間3万6,000人を支援」と繰り返し記載したが、2015年の破綻後、実際に自治体へ引き継がれたのはわずか1,900件だった。
- 「測れるものだけが測られる」という警句は、もともとピーター・ドラッカーの言葉とされてきたが、ドラッカー研究所自身が2013年、これは誤った引用であり、ドラッカーはむしろ「人間関係のような重要なものほど測れない」と述べていたと訂正した。
- measured評価の標準化団体自身が、行き過ぎた測定に歯止めをかけている。Social Value Internationalの公式原則の一つは「過大に主張しない——活動が実際に生み出した価値だけを主張する」ことを明文で定めている。
- 本記事の立場は、測定をやめるべきだということではない。関係性や尊厳のように指標に乗らない価値があると認めたうえで、それでも身の丈に合った測定を続けることが、7日間の特集を通じて辿り着いた結論である。
はじめに
この特集がずっと避けてきた問いに、最終回で向き合う
この6日間、本特集は「どう測るか」という問いに答え続けてきました。SROIという道具、ロジックモデルという可視化、ソーシャル・インパクト・ボンドという契約、休眠預金という資金の流れ、そして評価そのものにかかるコスト。しかし、ここまで意図的に避けてきた問いが一つあります。「そもそも測るべきなのか」という問いです。都市農・コミュニティ農園がもたらす孤立の緩和や、参加者どうしの信頼、あるいは偶然その場に居合わせたことで生まれる関係——こうした価値は、指標という枠に収めようとした瞬間に、何か大切なものを取りこぼしてしまうのではないか。今日はこの疑いに、正面から向き合います。
この問いに答えるために、二つの批判を順に見ます。一つは、測定という行為そのものが持つ限界——数値化になじまない価値が、どうしても指標からこぼれ落ちてしまうという批判です。もう一つは、測定が悪用される危険——成果を誇張・単純化して資金を集める「インパクトウォッシュ」という批判です。この二つを直視したうえで、それでも測定を続ける意義がどこにあるのかを示し、最後に7日間全体を総括します。
限界
SROIの標準ガイド自身が、社会的価値を金額に置き換えることの危うさを警告している
第2回で見たとおり、SROIは社会的価値を「財務プロキシ」という金銭代理指標に置き換えることで、比率という一つの数字を作ります。この手続き自体への批判は、実務の外からではなく、方法論を研究する学者からも出ています。2013年に学術誌『Voluntary Sector Review』に掲載された論文は、SROIが「還元主義的」であり、質的な社会的成果を貨幣価値に変換することは「可能でも望ましくもない」と論じました。経済学者ダニエル・フジワラも2015年、SROIには「規範上の問題」(異なる人々への影響をどう一つに集約するか)と「方法論上の問題」(市場価値のない成果をどう評価するか)の両方が内在すると指摘しています。
参考・出典
- GIIN — 2020 Annual Impact Investor Survey
- Institutional Investor — Was the ESG Investment Boom 'Impact-Washing'?
- Arvidson, Lyon, McKay & Moro — Valuing the social? The nature and controversies of measuring Social Return on Investment (SROI), Voluntary Sector Review 4(1), 2013
- Social Value International — Principles of Social Value
- National Audit Office — Investigation: the government's funding of Kids Company
- Channel 4 News FactCheck — Kids Company Q&A
- Center for Public Impact (Medium) — 'What gets measured gets managed': it's wrong, and Drucker never said it
- NPC (New Philanthropy Capital) — Keeping It in Proportion: Impact measurement for small charities (2018)
ここまでは無料でお読みいただけます。
この続きは会員限定です
このコラムはアーカイブ入りしたため、本編はアーバンファームクルー以上のメンバー限定です。メンバーシップが、この独立した公共データベースの毎日の収集・調査・運営を支えています。最新のコラムはどなたでも無料でお読みいただけます。
まずは無料ニュースレターで最新コラムを受け取る
毎週水曜、世界の都市農の新着事例・研究・イベントをメールでダイジェスト配信しています。登録は無料です。
読者フィードバック
この記事は参考になりましたか?
ログイン不要。同じ端末からは1記事につき1票で、選び直すこともできます。
関連コラム
1990年に畑ができ、2024年に国の法律ができた——南米6か国の見取り図
南米では危機への現場対応が先にあり、自治体が20年支え、国の法律は最後に来た
17 分ヨーロッパの中のドイツ——イギリス・フランス・ポーランドと並べて、何が本当に違うのか
市民菜園はドイツの専売ではない。違いは区画の数ではなく、賃料の上限・解約事由の限定・協会の法的地位
19 分ミュンヘンの財団が1,000の庭をつなぐ——anstiftung と「自分でつくる」ネットワーク
法が守らない庭の支え手
18 分東の150万人、西の1983年法——分断が作った二つの庭
庭を守ったのは東では組織、西では条文。統一で残ったのは西の条文と、東のための例外規定
18 分