市役所が31年、国会が9年——ブラジルの都市農業はこうして法律になった
国の法律が引き受けたのは自治体と学校給食が先に作っていた買い手のいる回路だった
2026-09-11 · 18 分
特集 · 危機が先、法律はあと——南米6か国のアーバンファーム3 / 7

ブラジルの学校給食には連邦法の縛りがあります。2009年の法律11.947号第14条が国家教育開発基金(FNDE)から配られる給食予算の30%以上を家族農業から直接買うよう義務づけました。2025年9月30日の法律15.226号がこの下限を45%へ引き上げ、2026年1月1日から適用されています。都市・近郊農業国家政策(PNAU)を定めた法律14.935号が2024年7月26日に裁可され、7月29日に官報へ載ったとき、その第2条第4号が名指ししたのはこの調達の回路でした。学校、保育所、病院、高齢者施設、食料安全保障の公共施設、そして刑務所。都市で穫れた食べものをそこへ流す、と条文は書いています。回路のほうが国の法律より先にありました。ベロオリゾンテは1993年の市条例6.352号で食料供給の局を作り、2011年の市法10.255号で都市農業だけを対象にした支援政策を持っています。今日はこの31年を条文と現場の両方から見ます。
3分でわかる本記事の内容
- ブラジルの都市農業を支える一番強い装置は法律ではなく学校給食の買い方だ。2009年の法律11.947号が予算の30%以上を家族農業から直接買うよう義務づけ、2025年の法律15.226号が45%へ引き上げた。
- 国の法律は現場の後追いで来た。ベロオリゾンテは1993年の市条例6.352号と2011年の市法10.255号で先に制度を持ち、その施行細則の市令18.385号が出たのは連邦法PNAUの1年前の2023年である。
- リオは畑を仕事にした。2006年開始のオルタス・カリオカスは耕す人に月500レアル、菜園ごとの責任者56人に630レアルを払い、収穫の半分を寄付し半分を耕す人が売る。
- サンパウロでは市民が先に耕し、許可はあとから来た。2012年9月29日開園のオルタ・ダス・コルージャスは区役所の許可だけで始まり、誰でも収穫してよいが引き抜かないという規則で運営されている。
- 同じ都市に別種類の農が並んでいる。サンパウロには倉庫内の垂直農場ピンク・ファームズがあり、資本集約型と食料安全保障型は互いに関係なく併存している。
- 本記事の立場はブラジルの強みが条文ではなく買い手と現金にあるというものだ。ただし2025年のサンパウロ調査は152の菜園を数えたうえで、生産量は生鮮食品へのアクセスを変えるには足りないと結論している。
はじめに
ブラジルの都市農業は市役所で31年動いたあとに国の法律になった
ベロオリゾンテの年表を先に引きます。1993年7月15日の市条例6.352号が食料安全保障の枠組みを定め、食料供給を担当する局SMABを作りました。現在この仕事は社会扶助・食料安全保障・市民権局(SMASAC)の中の食料栄養安全保障副局(Susan)にあります。ここまでは昨日までの回でも触れた範囲です。その先があります。2011年9月13日の市法10.255号が「都市農業支援の市の政策」を独立して立ち上げました。食料供給政策の一部としてではなく、都市農業そのものを対象にした法です。そしてこの法の施行細則にあたる市令18.385号が出たのは2023年でした。制定から12年、連邦法の1年前です。
連邦法の側も見ておきます。PNAUを定めた法律14.935号は第1条で都市・近郊農業を「都市および近郊の区域で行われ、都市の生態的・経済的な系に組み込まれた農業・畜産の活動であって、自家消費または販売のための食料その他の生産と採取に向けられたもの」と定義しました。第2条が七つの目的を並べます。もとの法案は下院議員パドレ・ジョアン(労働者党・ミナスジェライス州選出)が2015年に出した法案906/15号で、上院が可決したのは2024年7月2日、報告者を務めたのはベト・ファロ議員(労働者党・パラー州選出)でした。実施は連邦・州・自治体・市民社会・教育研究機関の協働による分権的な形をとります。
今日扱うのはこの二つの年表のあいだで実際に動いていたものです。条文の一覧は初日に済ませました。ここから先で見るのは条文が名指しした調達の回路がどう出来ていたか、ベロオリゾンテ・リオデジャネイロ・サンパウロ・クリチバの四つの市がそれぞれ何を作ったか、誰が予算を出し、誰が現金を受け取っていたか、そして国の法律が来ても手つかずのまま残っている部分はどこかです。順序も一つ入れ替えます。ふつう国別の記事は法律から始めて現場に降りますが、ブラジルでは先に調達の仕組みを見ないと法律の条文が何を指しているのか分かりません。だから最初に学校給食の買い方から入ります。
調達
国の法律が効くのは学校給食の買い方が先に決まっているからだ
ブラジルの学校給食制度はPNAEと呼ばれます。2009年の法律11.947号第14条がFNDEから各自治体・州へ配られる給食予算の30%以上を家族農業と家族的な農村事業者、またはその組織から直接買うよう義務づけました。買い方も普通の入札とは違います。価格競争を伴わない「公募(シャマーダ・プブリカ)」で、地域の相場と釣り合う価格であれば入札手続きを省けます。優先されるのは農地改革の入植地、先住民の伝統的共同体、キロンボの共同体、そして女性の集団です。1人あたり年間4万レアルという上限もあります。この下限は昔からあった規定ではありません。給食制度そのものは古くからありますが、家族農業から直接買う義務を数字で書き込んだのは2009年のこの法律です。
この下限は2025年に動きました。9月30日の法律15.226号が30%を45%へ引き上げ、官報掲載は10月1日、適用は2026年1月1日からです。上院の記録では優先される集団の並びがそのまま維持されています。同じ法律は納品時の消費期限についても定めを置きました。製造から期限までの期間の半分以上を残した状態で納めること。ただし家族農業から来る食品はこの規定の対象外です。生鮮のものを不利にしないための書き分けです。給食予算という一つの財布の半分近くが法律で家族農業に向けて予約されている状態になりました。都市で野菜を作る人にとってこれが意味するのは補助金の話ではありません。買ってくれる相手が法律で決まっている、という話です。
PNAUの第2条は七つの目的を番号で並べています。第1号が脆弱な都市住民の食料・栄養安全保障を広げること、第2号が空いている・遊休の・使い切れていない都市空間を使うこと、第3号が収入と就労の道を作ること。第4号がこの調達の回路に都市の生産をつなぐことです。名前が挙がっているのは学校、保育所、病院、高齢者施設、食料安全保障の公共施設、刑務所、その他。第5号は家族の労働と協同組合・団体・連帯経済の組織を対象に据え、第6号は都市での環境教育とアグロエコロジー・有機の生産、第7号は有機性廃棄物・生活排水・雨水の再利用を農に組み込むことを定めました。専用の信用枠と直売の場の支援も条文にあります。畑を守る法律ではなく、畑から出たものが行く先を用意する法律です。ドイツの連邦小庭園法が借地料の上限で土地の側から畑を守ったのに対して、ブラジルの条文は出口の側から支えています。
参考・出典
- Senado Federal (Brasil) — Lei cria a Política Nacional de Agricultura Urbana e Periurbana (Lei 14.935/2024)
- Senado Federal (Brasil) — Lei prevê aumento de produtos da agricultura familiar na merenda escolar (Lei 15.226/2025)
- Ferreira et al. (2024) — Cultivating Urban Agriculture Policies: Local Government Entrepreneurs' Strategies in Three Brazilian Cities, Urban Planning vol. 9
- Instituto Escolhas / 100 Políticas — Unidades Produtivas da Agricultura Urbana (Belo Horizonte, Lei Municipal 10.255/2011)
- Articulação Nacional de Agroecologia — Belo Horizonte (MG): três décadas inovando na agricultura urbana e na agroecologia
- Instituto Escolhas / 100 Políticas — Programa Hortas Cariocas (Rio de Janeiro)
- AIPH Green City Case Study — Curitiba, Brazil: Curitiba's Urban Agriculture
- Organização Cidades Sem Fome — site oficial (hortas urbanas e escolares em São Paulo)
- Horta das Corujas — horta comunitária na Praça das Corujas, Vila Beatriz, São Paulo (blog oficial)
- Toledo & Toledo (2025) — Mapeamento de hortas urbanas comunitárias no município de São Paulo, Cidades Verdes v.13 n.49
制度 1993–2023
ベロオリゾンテは食料政策の中に畑を置き、18年後に畑だけの法律を作った
1993年に始まった仕事の中身を具体的に見ます。SMABが作ったのは供給の仕組み全体で、都市農業はその一部として組み込まれました。代替空間での植え付け、コミュニティ菜園、学校菜園、アグロエコロジー生活センター(CEVAE)、供給プログラム、労働者向けの巡回。技術支援と生産者どうしの交流は代替技術交流ネットワーク(REDE)が担い、2004年には大都市圏都市農業ネットワーク(AMAU)が作られて20を超える取り組みを把握しました。2018年には参加型保証システムが立ち上がり、オリゾンテス・アグロエコロジコス協会を通じて96人の生産者が有機・アグロエコロジー生産の認証を受けています。ANA(全国アグロエコロジー連絡会)の記録では市の投資が2016年の6,006万レアルから2020年の8,260万レアルへ増えました。
2011年の市法10.255号がやったのはこの仕事に独立した法的な根拠を与えることでした。手立ては四つあります。土地の使用許可、研修と技術支援、資材の提供、そして販売の支援です。ここで重要なのは一つめの性質です。与えられるのは所有権でも借地権でもなく「使用許可(permissão de uso)」であり、行政の側から引き上げることができます。2023年の市令18.385号はこの法の運用を初めて細かく定め、家庭・共同・施設での堆肥化を通じた有機性廃棄物の管理を目的に含めました。市令が名前を挙げた分散型の拠点には生物資材工場「ビオファブリカ・ジョアニーニャ」、有機性廃棄物のためのアグロエコロジー・環境教育センター、在来種とアグロエコロジー用の種子銀行が並びます。
規模を数字で押さえます。エスコーリャス研究所の政策集成によれば、市の生産ユニットは182か所で、内訳は学校の施設ユニット61、公共設備の施設ユニット73、集団・共同ユニット48です。共同ユニットを作るには3世帯以上の集まりが要ります。1万平方メートルの菜園を整えるのに要する費用はおよそ8万5,000レアル、プログラムの年間予算は約200万レアルで、うち150万レアルが共同ユニットに向けられます。穫れたものは自家消費・寄付・販売のいずれに回してもかまいません。当サイトの収録では市の集計として42の生産ユニットが8万8,000平方メートル以上で栽培し、登録された農家は300人を超えるとされています。数え方によって単位が変わるので、この二つは同じものを別の切り口で数えた数字です。
現場 リオ 2006–
リオは畑を仕事にした——耕す人に月500レアルを払っている
オルタス・カリオカスは2006年に市の環境局(SMAC)が始めたプログラムです。対象はファヴェーラや市立学校の使われていない土地。ほかの都市の菜園と決定的に違うのは参加者に現金が渡ることです。2018年の環境保全局決議005号が「報酬つきムチラン(mutirão remunerado)」の枠組みを定めました。耕す人(オルテロン)に月500レアル、菜園ごとの責任者56人に630レアル、地域との橋渡しを担う5人の統合担当に1,000レアル。ボランティアの善意に頼らず、労働として組み立てられています。新しい菜園も加わり続けています。当サイトの収録によれば、セペチーバの菜園は年間6トンの生産能力を備えて開設されました。畑を増やすたびに支払う人数も増える組み立てです。
収穫の扱いも規則で決まっています。コミュニティ菜園では生産の半分を高齢者施設・保護施設・孤児院・食料不安の世帯へ寄付し、残りの半分を耕す人が売って収入にします。エスコーリャスの集成が示す2022年時点の規模は菜園56か所で25.3ヘクタール、内訳は学校菜園27か所(191人が従事)とコミュニティ菜園29か所(85人)。2022年上半期の生産は35トン、6月の1か月だけで7.2トン(うち3.1トンを販売、4.1トンを寄付)と10万7,000本の苗でした。当サイトの収録ではその後さらに広がり、コミュニティ菜園53か所と学校内30か所、年間およそ82トン、2万人を超える生徒に届き、2025年だけで3,600世帯に裨益したとされています。
この現金がどこから来ているかを見ると、強さと弱さが同時に見えます。年間予算は報酬に180万レアル(月15万レアル)、資材に5万レアル、技術サービスと車両に4万4,000レアルで、後者は環境補償の協定を財源としています。環境補償とは開発事業者が環境への影響の代償として負う義務であり、食料政策の予算ではありません。畑に現金が流れる仕組みを作ったこと自体は南米でも珍しい部類ですが、その現金の出どころは食の予算の外にあります。開発が止まれば補償も細ります。もう一つ弱いところがあります。この仕組みの根拠は市の条例ではなく局の決議です。議会を通した法ではないので、行政の判断だけで変えられます。PNAUが専用の信用枠を条文に入れたことの意味はこういう場所で効いてきます。国の法律に書かれた資金の道は市の予算編成が変わっても消えにくいからです。
現場 サンパウロ 2004–
サンパウロでは市民が先に耕し、役所の許可はあとから来た
始まりはフェイスブックのグループです。2011年、ジャーナリストのクラウディア・ヴィゾーニとタチアナ・アチュカーが「オルテロエス・ウルバーノス(都市の菜園人)」を作りました。家庭菜園の話をしていたところへ、公共の広場に植えてはどうかという提案が出ます。2012年9月29日、ヴィラ・ベアトリス地区のドロレス・イバルリ広場——通称コルージャス広場——にオルタ・ダス・コルージャスが開きました。ピニェイロス区役所が最初の柵の設置を許可しましたが、この種の取り組みを正面から認める条例は当時ありませんでした。運営は週末のムチランで、参加者は作業着と道具と持ち寄りの食べものを持って集まります。収穫の規則は一行です。誰でも採ってよい、ただし引き抜いたり傷つけたりしないこと。
同じ市にはもっと事業に近い形もあります。2004年にハンス・ディーター・テンプが立ち上げたNGOシダーデス・セン・フォーミは電力会社が持つ送電線の下の使われていない帯状の土地を借りて菜園にしました。都市の余白のなかで最も建物が建てられない土地を選んだわけです。団体の公表では2004年以降に都市菜園34か所、2012年以降に学校菜園77か所を整え、都市菜園の直接の受益者は512人、学校菜園が日々届いている生徒は6万1,477人にのぼります。作られたものは自家消費と販売の両方に回り、参加者は継続的な収入を得ます。広場のボランティア菜園と、収入を目的にした生産の場。この二つは同じ市の中で別々の論理で動いています。
サンパウロの菜園がいくつあるのかは数え方によって大きく変わります。当サイトの収録では2020年の調査が市内に735の農業生産ユニット、104の都市庭園、170の公共機関の庭園を把握しました。2025年に『シダーデス・ヴェルデス』誌へ出たルシオ・ロランジ・デ・トレドとレナータ・フェラス・デ・トレドの論文は公共空間にある都市菜園152か所を特定し、そのうち114か所をコミュニティ菜園に分類しています。この調査が示したのは分布です。菜園は南部・東部・北部の周縁に集まり、ファヴェーラと社会的関心特別区域(ZEIS)に重なっていました。必要とされている場所に置かれてはいるのです。
担い手
クリチバの菜園を続けさせているのは市長ではなく担当の職員だ
クリチバの都市農業は1990年代半ばに始まり、現在は市の食料栄養安全保障局が所管しています。柱は三つ。都市菜園、都市農場、そしてハリナシバチの巣箱を置く「蜜の庭」です。国際園芸家協会(AIPH)の事例研究によれば、コミュニティ菜園47か所、公共機関の菜園36か所、学校菜園43か所があり、市の支援を受けて栽培が行われている場所は合わせて150、325世帯がその場所を維持しています。総面積は17万7,000平方メートル、コミュニティ菜園の生産は月およそ160トンと見積もられ、恩恵を受ける人は3万7,000人とされます。2020年に整えられた都市農場は4,435平方メートルで、年間約1トンを生産します。
続いている理由を調べた研究があります。マルセラ・アロンソ・フェレイラらが2024年に『アーバン・プランニング』誌へ出した論文はレシフェ・リオデジャネイロ・クリチバの3市を比較し、都市農業の政策を作り、維持し、状況に合わせて作り替えている中心にいるのが特定の市職員だと結論しました。論文はこの人たちを「政策起業家」と呼びます。使う手立ては四つ挙げられています。市民社会の団体と組むこと、庁内と庁外の両方でパートナーを作ること、国際的な政策の枠組みに自分たちの提案を合わせること、そしてメディアと外部からの評価を使うことです。クリチバが2021年に48市が参加する統合的な都市食料政策の実験室LUPPAのメンター都市になったのはその一例です。
この発見はPNAUの読み方を変えます。PNAUは分権的に実施されると条文に書きました。分権とは実際には自治体の職員に仕事が戻るということです。国の法律が来ても、レシフェやクリチバで政策を担ってきた人たちが庁内で味方を作り、外部の評価を持ち帰り、市民団体と組み続けなければ、条文は現場に届きません。逆に言えば、受賞や国際ネットワークへの参加は飾りではありません。市長が替わっても事業が消えないようにするための、実務上の手段です。ここから予測できることが一つあります。PNAUは全国一律に効くのではなく、既にこうした職員と実績を持つ市で先に効くだろうということです。ベロオリゾンテの30年、クリチバの1990年代からの積み上げ、リオの20年。この蓄積が無い市では条文が届いても動かす人がいません。
併存
同じサンパウロに、倉庫の垂直農場と広場の菜園が並んでいる
ピンク・ファームズは2016年にサンパウロで始まりました。創業したのは技術者のジェラルド・マイアとハファエル・デラリベラらで、中南米で最も早い部類の商業的な都市型垂直農場と紹介されています。当サイトの収録では750平方メートルの倉庫に8段の栽培棚を組み、葉物を月に約6,000ポンド(2.7トン前後)出荷し、露地栽培に比べて水の使用をおよそ95%減らしているとされます。土も日光も使いません。作っているのはレタスやハーブなどの葉物で、売り先は同じ都市の消費者です。創業側は同じ面積の露地栽培に比べて最大100倍の生産量になると説明し、イチゴやトマトへの拡大も語っています。数字の桁は大きいものの、比較の条件が示されていないので、そのまま受け取ることはできません。
この農場はPNAUが名指しした対象に当てはまりません。条文が並べているのは脆弱な都市住民、家族の労働、協同組合と団体、連帯経済、アグロエコロジーと有機の生産です。倉庫の中の水耕栽培はそのどれでもなく、そもそも公的な支援を必要としていません。二つは別の問いに答えています。片方は流通の距離をどう短くするかを問い、もう片方は誰が食べられるかを問います。ブラジルの都市農業を一方だけで説明すると読み違えます。同じ市に両方あり、政策は片方のためにだけ書かれている——それが2026年時点の姿です。PNAUの信用枠も家族経営と協同組合に向けたものなので、倉庫の農場は自前で資金を調達します。公的な支援を必要としない事業と、公的な支援でしか成立しない畑。この二つを一つの「都市農業」という言葉でまとめると、どちらの評価も曇ります。
限界
PNAUは土地の値段にも借地の期間にも触れていない
PNAUの中身を並べ直すと、定義・七つの目的・分権的な実施・信用枠・直売の支援になります。無いものを挙げるほうが早いかもしれません。地代の上限がありません。最低限の使用期間もありません。1区画の面積の定めもありません。ベロオリゾンテが与えている手立ては使用許可であり、行政が引き上げれば畑は終わります。土地をめぐる問いは国の法律ができたあともほぼそのまま残っています。ドイツの連邦小庭園法が借地料の上限と解約の制限で土地の値動きから畑を切り離したのに対し、ブラジルの条文はそこへ入っていきません。使用許可に最低期間の定めがあるかどうかも本記事が確認した資料の範囲では見当たりませんでした。土地の保証の強さについては条文よりも各市の運用を一つずつ確かめるほかありません。
調達の回路にも入口の条件があります。PNAEに売るには家族農業として登録されている必要があり、その証明が全国家族農業登録(CAF、旧DAP)です。取引は価格競争のない公募を通じ、1人あたり年間4万レアルの上限がかかります。ここから何が起きるかは見当がつきます。広場で収穫を分け合っているコルージャス広場の菜園はこの回路の外にあります。回路が届くのは生産者であって、耕す人すべてではありません。だからPNAUの第2条第4号が実際に効く相手は既に生産者として登録できる規模と形を持っている都市の農家です。第5号が家族の労働だけでなく協同組合と団体を名指ししているのはこの入口に対する答えでもあります。一人では4万レアルの枠と書類仕事に届かない生産者を組合がまとめて公募に出す。制度の設計としては筋が通っていますが、組合を作ること自体が小さな菜園には高い段差です。
規模そのものについての慎重な見積もりも要ります。2025年のサンパウロ調査は菜園が脆弱な周縁に適切に分布していることを認めたうえで、「これらの菜園の生産量は生鮮食品へのアクセスに大きな影響を与えるには不十分である」と結論しました。当サイトの収録にはリオデジャネイロ州の29自治体にわたる159人の都市・近郊生産者を調べた研究もあります。生産者の多くは50歳以上の男性で、教育年数は短く、小規模な区画を有機的な方法で耕していますが、技術支援はほとんど受けていません。研究は都市農業の可能性が実効性のある公共政策の欠如によって妨げられていると述べています。法律ができたことと現場に届くことのあいだには、まだ距離があります。
振り返り
ブラジルが31年かけて作ったのは条文ではなく、買い手のいる回路である
辿った順序をもう一度並べます。まず学校給食の買い方から入りました。2009年の法律11.947号第14条が予算の30%以上を家族農業から直接買うよう義務づけ、2025年9月30日の法律15.226号がこれを45%へ上げ、2026年1月1日から適用されています。次にベロオリゾンテの三段——1993年の市条例6.352号、2011年の市法10.255号、2023年の市令18.385号——を見ました。そこから現場に降りて、リオの報酬つきムチラン、サンパウロの広場の菜園と送電線下のNGO、クリチバの三本柱と職員の役割を順に見ています。最後に垂直農場との併存を置き、条文が届いていない部分を数えました。
重要な論点を三つ言い直します。第一に、ブラジルで一番効いている装置は給食の調達です。PNAUの第2条第4号が学校・保育所・病院・高齢者施設・刑務所を名指しできたのは2009年からその回路が動いていたからです。第二に、自治体は現金を配る仕組みまで作りました。リオのオルタス・カリオカスは耕す人に月500レアル、責任者56人に630レアル、統合担当5人に1,000レアルを払い、収穫の半分を寄付します。第三に、続ける力は条文ではなく人に依っています。フェレイラらの2024年の研究はレシフェ・リオ・クリチバの3市で、政策を作り維持しているのが「政策起業家」として動く市職員だと結論しました。ベロオリゾンテが182の生産ユニットを抱えているのも30年の継続があったからです。
わかっていないことと留保を書いておきます。第一に、PNAUが施行されて以降の実績を本記事は示せていません。信用枠が何件使われ、都市の生産がPNAEの調達にどれだけ入ったのかを示す全国の集計は確認できませんでした。第二に、数え方の問題があります。サンパウロの菜園は2020年の調査で735の生産ユニット、2025年の論文で公共空間の152か所(うちコミュニティ菜園114か所)とされ、ベロオリゾンテも182ユニットと42ユニットという二つの数字が並びます。定義と時点が違うので、単純な増減として読むことはできません。第三に、想定される反論があります。給食調達を軸に据える読み方はCAFに登録できない小さな菜園を勘定から落とします。2025年のサンパウロ調査が生産量は生鮮食品へのアクセスを変えるには足りないと述べたこともこの読み方への正面からの反論です。強い装置があることと、それが足りていることは別です。
特集のなかでの位置づけを書きます。初日は6か国の年表を一本に通し、昨日はアルゼンチンで2001年の崩壊が作った制度をロサリオという原型から見ました。今日のブラジルは6か国のうち唯一、都市農業の国家法を持っている国です。その国でさえ、法律が支えているのは土地ではなく出口のほうだったというのが今日の結論になります。明日の第4回はコロンビアで、メデジンとボゴタを扱います。紛争のあとに人が移ってきた都市で土がどう使われたか、という別の順序の話です。ブラジルが調達という出口から畑を支えたのに対して、コロンビアが何から支えたのかを見比べてください。読み進めるときの手がかりを一つ置いておきます。どの国の回でも「誰が買うのか」と「誰が払うのか」を探すと、制度の形が見えやすくなります。ブラジルの答えは学校給食の予算と市の報酬でした。
この記事の要点
- ブラジルで一番効いている装置は学校給食の調達である。法律11.947号第14条が予算の30%以上を家族農業から直接買うよう義務づけ、2025年の法律15.226号が45%へ引き上げた。
- 国の法律は現場の後追いだ。ベロオリゾンテは1993年の市条例6.352号と2011年の市法10.255号を持ち、施行細則の市令18.385号は連邦法PNAUの1年前の2023年に出た。
- リオは畑に現金を流す仕組みを作った。オルタス・カリオカスは耕す人に月500レアル、責任者56人に630レアルを払い、収穫の半分を寄付して半分を耕す人が売る。
- その現金の出どころは食の予算の外にある。リオの技術サービスと車両の費用4万4,000レアルは環境補償の協定を財源としており、開発が止まれば細る性質のものだ。
- サンパウロでは許可より実践が先に来た。2012年9月29日開園のオルタ・ダス・コルージャスは区役所の許可だけで始まり、当時この種の菜園を認める条例は無かった。
- 続ける力は条文ではなく人にある。2024年のフェレイラらの研究はレシフェ・リオ・クリチバで政策を作り維持しているのが「政策起業家」として動く市職員だと結論した。
- PNAUは土地に踏み込んでいない。地代の上限も最低使用期間も無く、ベロオリゾンテが与えるのは行政が引き上げられる使用許可である。
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