シンガポールのアーバンファーム事情——「30 by 30」、都市国家が農を国策にした
食料の約9割を輸入する国が、屋上と塔で食を取り戻そうとしている。制度と政策で読み解く
2026-07-11 · 23 分
シンガポールは、面積が東京23区ほどしかない都市国家でありながら、食料の約9割を海外からの輸入に頼ってきました。農地に割ける土地は国土の1%にも満たないとされます。ところが2019年、この国は「30 by 30」——2030年までに国内で必要な栄養の3割を自国生産する——という大胆な目標を掲げ、農を明確な国家政策の中心に据えました。本レポートは、シンガポールのアーバンファームを、屋上農園やハイテク農場といった「風景」としてだけでなく、緑化都市(ガーデン・シティ)の歴史から、シンガポール食品庁(SFA)の設立、HDB(公共住宅)立体駐車場の屋上を農地に変える公募、垂直農場スカイ・グリーンズ、そして市民の「コミュニティ・イン・ブルーム」までを貫く、制度と政策の時間軸で読み解きます。土地も水も限られた小さな国が、なぜいま食料自給に舵を切ったのか。その設計思想をたどります。
概況
9割を輸入する国が、農を国策にした
アーバンファームを「土地が余っているから始める活動」と考えると、シンガポールは真逆の国に見えます。ここは世界でも指折りの人口密度を持つ都市国家で、農地に回せる土地は国土のわずか1%にも満たないとされます。食料の約9割は海外からの輸入に頼り、農業が国内総生産(GDP)に占める割合は1%に届きません。数字だけを見れば、「農とは最も縁の遠い国」の一つに数えられてもおかしくありません。
ところが近年、シンガポールほど「都市で食料を生産すること」を真剣に制度化した国は多くありません。屋上、駐車場の上、閉鎖された工場の中、そして高さ9メートルの回転する塔——街のあらゆる隙間が、食料生産の実験場になりつつあります。その背中を押しているのは、個々の農家の情熱である以上に、国家の明確な意思です。本レポートで見ていくのは、土地の制約を逆手に取り、政策と技術で「食の安全保障」を組み立て直そうとする、一つの国家プロジェクトの姿です。
論点
「30 by 30」とは何か
シンガポールの都市農を理解する鍵は、「30 by 30」という短い標語に凝縮されています。2019年3月、政府は「2030年までに、国内で必要とする栄養の約30%を自国生産でまかなえるようにする」という目標を発表しました。当時の国内生産は必要量のおよそ1割程度とされ、これを3倍近くに引き上げるという、きわめて野心的な数字です。しかも、農地に使える土地は国土の1%未満のまま。つまり「限られた土地で、いかに多くを生産するか」という生産性の問題に、国全体で取り組むという宣言でした。
重要なのは、これが単なる努力目標ではなく、専門の官庁・補助金・土地の公募・研究開発といった具体的な制度に落とし込まれている点です。この目標を担う中核として、2019年に「シンガポール食品庁(SFA)」が発足しました。以降、本レポートでは、ガーデン・シティの歴史を出発点に、SFAの設立、公共住宅の屋上を農地に変える仕組み、垂直農場やコミュニティ農園の広がり、そして2025年の目標見直しまでを順にたどり、「30 by 30」という国家プロジェクトの全体像を描いていきます。
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