台湾のアーバンファーム事情 ── 制度が耕す、密集都市の余白
法・自治体プログラム・補助制度のレンズで読む、都市農を「仕組み」として設計した島の現在地
2026-06-23 · 14 分
台湾の都市農業を理解する鍵は、情熱でも偶然でもなく、制度設計にある。市民の自発的な菜園づくりが、いつしか自治体の正式なプログラムへ、そして国の法律へと押し上げられていく――その過程をたどると、この島が都市農を「個人の趣味」ではなく「公共の仕組み」として組み立ててきた輪郭が見えてくる。本稿は、台北の田園城市計画を軸に、法・条例・補助・行政組織という骨格から台湾の都市農を読み解く。
概況
趣味ではなく、政策として始まった都市農
台湾の都市農業を語るとき、まず立てるべき問いは「だれが耕すか」ではなく「だれが枠組みを用意したか」である。多くの国で都市農は市民の自発から始まり、行政が後から追認する。台湾もその端緒は市民にあったが、特徴的なのは、そこから先の制度化のスピードと徹底ぶりだ。コミュニティ菜園が自治体の正式プログラムに格上げされ、補助金と専門部署が付き、さらに国の法律にまで接続される――この「仕組み化」の連鎖が、台湾の都市農を他のアジア諸国と分けている。
本稿が立つ視座は、制度・政策である。なぜ台北市は「田園城市(ガーデンシティ)」という都市像を掲げ、五年で七百を超える菜園を整備できたのか。なぜ屋上が政策の主役に据えられたのか。なぜ二〇二二年に、わざわざ「食農教育法」という法律が必要とされたのか。これらの問いは、熱意の物語ではなく、行政の設計図を読むことでしか答えられない。条例、補助スキーム、所管官庁の再編といった「見えにくい骨格」を順にたどることで、緑あふれる屋上やコミュニティ農園の風景が、なぜ・どう成立したのかが立ち上がる。
結論を先取りすれば、台湾の都市農は「食料自給の手段」というより「都市統治の道具」として磨かれてきた。気候変動への適応、防災、市民参加、健康と福祉、食育――政策文書に並ぶこれらの目的は、菜園を一枚の野菜畑ではなく、複数の行政課題を束ねる結節点として位置づける。生産量そのものは小さくとも、制度がそこに多くの意味を載せている。以下、その骨格を歴史・形態・政策・地域・事例の順に解きほぐしていく。
入口の数字
数字と特徴で見る、台湾の輪郭
当データベースには、現在のところ台湾の事例が約八件収録されている。内訳を見ると、台北市・新北市という首都圏の双子都市に重心があり、そこから高雄・台中・台南へと南へ広がる。屋上菜園と雨水公園、シニア向け市民農園、コミュニティ農園、民衆参加型の屋上農場、そして学校の食農教育プログラムまで、空間と担い手の種類が多彩であることが、まずこの島の特徴を物語っている。単一の型に収まらないこと自体が、政策が複数の目的を同時に追ったことの反映である。
制度の視点から最も雄弁な数字は、台北市の「田園城市」計画にある。二〇一五年の発足時に約二九二か所だった菜園は、五年後の二〇二〇年二月には七三三か所へと膨らみ、面積はおよそ一九・七五ヘクタール、参加市民は五万四千人を超えたとされる。コミュニティ菜園・屋上菜園・学校菜園・市民農園という四つの型に整理され、なかでも学校の校庭・屋上を使った菜園が件数の大半を占める。当データベースの事例が二〇一五年前後に集中するのは、この制度の波が地面に刻まれた跡として読める。詳しい来歴は本編「歴史・背景」と「制度・政策」で掘り下げる。
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