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「インパクト」という言葉は、いつ生まれたのか——社会的投資という発想の系譜

この分野を語る言葉は、思っているよりずっと新しい

2026-08-28 · 20

特集 · 「社会にいい」は、どう測るのか——アーバンファームとソーシャルインパクト3 / 7

1970年代英国の社会的企業運動から2007年のベラージオ会議、2016年の日本の休眠預金等活用法までの系譜図

前回はSROIやロジックモデルという「測る道具」を見ました。今日は視点を変え、「なぜこの道具が必要だと考えられるようになったのか」という歴史を辿ります。答えを先に言うと、「インパクト投資」という言葉自体、2007年に生まれたばかりの、驚くほど新しい概念です。イタリア・ベラージオでロックフェラー財団が開いた会議で名付けられたこの言葉は、しかし何もない場所に突然現れたわけではありません。英国では1970年代から「社会的企業」や「社会監査」という発想が育っていました。日本では1998年のNPO法が市民活動を法的に位置づけ、2016年の休眠預金等活用法が評価を制度に組み込みました。今日はこの二つの系譜——英米圏での投資としての命名と、日本での法制度としての整備——がどう進み、どこで交わったのかを辿ります。

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3分でわかる本記事の内容

  • 「インパクト投資」という言葉は、2007年10月と2008年6月、ロックフェラー財団がイタリア・ベラージオで開いた会議で作られた。「利益を追う投資を使って社会的・環境的な善を生み出す」という定義が、ここで初めて明文化された。
  • 専門の国際組織GIIN(Global Impact Investing Network)は2009年9月25日、米国クリントン・グローバル・イニシアチブの場で発足した。ロックフェラー財団・JPモルガン・USAIDが創設を支えた、まだ20年に満たない組織である。
  • 「命名」より前に「実践」はあった。英国では1976年の産業共同所有法を経て協同組合運動が広がり、1981年にはリーズのビーチウッド・カレッジが「社会監査」を組織運営の手法として説く冊子を発行している。
  • 日本では1995年の阪神・淡路大震災でのボランティアの広がりが、1998年の特定非営利活動促進法(NPO法)につながった。しかし「評価」が政策課題として明確に浮上するのは、そこから17年後の2015年度である。
  • その2015年度、内閣府は「社会的インパクト評価検討ワーキング・グループ」を設置し、2016年3月の報告書が評価の基本概念を整理した。同年12月、休眠預金等活用法が成立し、評価の実施を制度に組み込んだ。
  • 本記事の立場は、この分野の若さそのものを問題視することではない。2007年の命名から2016年の日本の制度化まで、わずか9年しか経っていないという事実を踏まえたうえで、なお整備途上の分野として評価・比較すべきだというのが結論である。

はじめに

SROIもロジックモデルも、この20年で急速に整備された道具である

前回、SROIの標準ガイドが2009年(改訂2012年)に公表され、ロジックモデルの定式が2004年に整理されたことを見ました。この二つの日付は偶然ではありません。「インパクト投資」という言葉そのものが2007年にロックフェラー財団のベラージオ会議で生まれ、それを専門に扱う国際組織GIIN(Global Impact Investing Network)が発足したのは2009年9月です。つまり、いまSROIやロジックモデルと呼ばれている道具の多くは、この命名とほぼ同時期、あるいはその直後に体系化されました。「社会的インパクトを測る」という行為自体が、2000年代後半に急速に制度化された、比較的新しい実践なのです。

だからといって、社会的な活動の成果を測ろうという発想自体が2007年に始まったわけではありません。英国では1970年代から、協同組合や地域企業が自らの活動を「社会監査」という形で説明する実践が育っていました。この特集の前提である既刊『都市農とコミュニティ』が扱った社会関係資本という概念も、社会科学ではもっと古くから議論されてきたものです。今日の記事は、「インパクト投資」という新しい看板の下に、実はいくつもの古い系譜が合流していることを示します。

命名の前史

1976年の協同組合法から1981年の「社会監査」の冊子まで

「社会的企業」という言葉が現在の意味に近い形で使われ始めたのは、英国の実践者フリーア・スプレックリーが1970年代後半に協同組合について書いた文章まで遡るとされています。この時期、英国では1976年の産業共同所有法(Industrial Common Ownership Act)が「共同所有」の法的な定義を整え、これに基づいて多くの協同組合がICOM(Industrial Common Ownership Movement)を通じて登録されました。1979年には、サッチャー政権下の社会民主主義的な代替運動の一環として、コミュニティ・ビジネス運動が雑誌『New Sector』を創刊しています。

この流れの中で1981年、リーズのビーチウッド・カレッジが『社会監査ツールキット——協同組合運営のための管理手法』という冊子を発行しました。約2,000部が販売されたとされ、英国で「社会的企業」の政策的な後押しが本格化する2000年前後より、実に20年近く先んじた実践マニュアルでした。ここで重要なのは、「測る」という発想自体は、GIINが発足するよりずっと前から、現場の協同組合が自分たちの説明責任を果たすために編み出していたという事実です。ロックフェラー財団のベラージオ会議がしたことは、この分散していた実践に「インパクト投資」という一つの旗を立て、機関投資家という新しい資金の出し手を引き込んだことでした。

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