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誰が屋上の費用を払うのか——義務・補助・そして撤回

1平方メートル200カナダドルの納付金から、年0.46ユーロの下水道料金の軽減まで——屋上に緑を載せてきたのは、いつも誰かの財布だった

2026-07-31 · 25

特集 · 屋上という農地6 / 7

本特集の第1回で、屋上の緑をつくったのは市場ではなく制度だと述べました。第6回となる本記事は、その制度を費用の側から裏返して読みます。屋上に土を載せる工事費は、誰が立て替えるのか。そこから生まれる涼しさや、下水道に流れ込まなかった雨水は、誰の手元に落ちるのか。この二つの答えが一致していないことが、屋上緑化という分野のすべての制度設計を規定しています。工事費を払うのは建物の所有者ですが、便益の大半は建物の外側——都市の側に流れていく。だから放っておけば屋上には緑が載らず、制度が介入してきました。介入の道具は三つしかありません。義務づけと、補助金と、料金です。本記事はこの三つを、それぞれの金額まで下ろして比べます。トロント市が緑化の免除に1平方メートル200カナダドルの納付金を課し、その金でほかの屋根に1平方メートル100カナダドルの補助を出していたこと。ドイツで下水道料金の軽減がもたらす節約が1平方メートルあたり年0.46ユーロにとどまり、30〜60ユーロの工事費をまず回収できないこと。東京都が義務だけを課し、金は区市町村が別に出していること。そのうえで、事業者側の損益がどう成り立っているのかを見て、最後に2025年10月のトロントに戻ります。北米で最初に義務づけた都市が、なぜ最初に義務を失ったのか。撤回の理由が「費用」の言葉で語られたことを、費用の話をひととおり済ませたあとで読み直します。

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3分でわかる本記事の内容

  • 屋上緑化の費用と便益は別の人の手元に落ちる。工事費を払うのは建物所有者だが、雨水流出の抑制や気温低下は都市の側に流れる。EPAは薄層型で流出を約60%、厚層型で最大100%抑えられるとする。
  • トロント市の条例は、緑化を免れる代わりに1平方メートル200カナダドルの納付を認めていた。その納付金がエコルーフ助成の原資となり、義務の対象外の建物に1平方メートル100カナダドル、上限10万カナダドルの補助を出していた。
  • 料金の軽減だけでは工事費は回収できない。ドイツの分流式下水道料金による節約は平均で1平方メートルあたり年0.46ユーロ、最大のケルンでも1.12ユーロで、薄層型の工事費30〜60ユーロに対し数十年を要する計算になる。
  • 日本は義務と金が別々の主体に分かれている。東京都は2001年4月施行の条例で1,000平方メートル以上の敷地に緑化を義務づけるが納付金の仕組みを持たず、助成は三鷹市の実費2分の1・1平方メートル2万円までのように区市町村が個別に出す。
  • 屋上農園の損益は収穫だけでは立たない。ブルックリン・グレンジは年間約8万ポンド(約36トン)の野菜に加えて緑化屋根の設計・施工を請け負い、ルーファ・ファームズは週約2万バスケットの定期宅配で州内500超の受取拠点に配っている。
  • 本記事の立場は、屋上の緑が制度ではなく会計に支えられているということである。2025年10月、トロントの義務は州の措置で撤回されたと報じられ、その理由は費用の言葉で語られた。価格のついていない便益は、削られるときに数えられない。

はじめに

費用を払う人と、便益を受け取る人が、同じではない

屋上に緑を載せるとき、最初に動くのは金です。防水をやり直し、防根層を敷き、土を運び上げ、灌水の配管を通す。この費用はすべて建物の所有者が立て替えます。ところが、そこから生まれるものの内訳を並べてみると、所有者の手元に残るのはごく一部です。米国環境保護庁(EPA)によれば、緑化屋根は表面温度を通常の屋根より最大で華氏56度——摂氏でおよそ31度——低く保ち、周辺の気温を最大で華氏20度ほど下げ、冷房負荷を最大70%削減しうるとされます。このうち冷房費の節約と防水層の延命は所有者のものですが、周囲の気温が下がることも、雨が下水道に流れ込まないことも、所有者の口座には入りません。

経済学ではこれを外部性と呼びます。費用を負担する主体と、便益を受け取る主体がずれている状態です。ずれたままにしておけば、合理的な所有者は緑化しないほうを選びます。都市にとっては望ましいが、個々の建物にとっては割に合わない——屋上緑化がほぼ例外なく制度と一緒に語られてきたのは、この一点に尽きます。第1回で「屋上の緑をつくったのは市場ではなく制度だった」と述べた背景には、こうした会計上の構造があります。ドイツでは、新たにつくられた緑化屋根のおよそ9割が、開発にともなう生態的な補償の要求から生じているとされます。市場が自発的に選んだ結果ではないのです。

そこで本記事は、制度を理念ではなく金額で読みます。義務づけはいくらの負担を課したのか。補助はその何割を埋めたのか。料金の軽減は年にいくら戻ってくるのか。そして事業として屋上で作物を売る人は、何で食べているのか。数字を並べたあとで、2025年10月にトロントで起きたことに戻ります。制度の撤回が「不要な費用の削減」という言葉で説明されたとき、そこで数えられた費用と、数えられなかった便益の非対称を、私たちは正確に見分けられるでしょうか。

枠組み

制度が使える道具は三つしかない——義務・補助・料金

外部性を埋める方法は、屋上に限らずおおむね三つに分類できます。第一が義務づけ。一定の条件を満たす建物に緑化を課し、費用は所有者に負わせるやり方です。トロント市が2009年に、東京都が2001年に採ったのがこれにあたります。第二が補助。工事費の一部を公費で肩代わりし、所有者の負担を下げます。第三が料金。緑化した建物の下水道料金を下げるなど、便益に価格をつけて所有者に返す方法です。三つは排他的ではなく、実際の都市はたいてい二つ以上を組み合わせています。

重要なのは、この三つが効き方も壊れ方も違うということです。義務は最も強力で、最も速く面積を積み上げますが、費用を負わされる側の反発を蓄積し、政治的に撤回されうる。補助は反発が小さい代わりに、予算の枠でしか広がらず、単年度の財政事情に左右される。料金は最も長持ちしますが、金額が小さすぎて工事費を回収するには至らないことが多い。以下では、この三つを実際の金額まで下ろして、どこまで効いていたのかを確かめていきます。

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