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畑のままにしておくと、税金は何分の一になるか

10アールで千円か、十数万円か。相続税は「農業投資価格」という別の物差しで止められる。優遇の大きさを決めているのは農業の採算ではなく、隣の宅地の値段だ

2026-08-17 · 22

特集 · アーバンファームと不動産6 / 7

同じ畑にかかる二つの税負担を分けて示す図解

前回は、2022年に一斉に解除されるはずだった生産緑地が、その後どうなったのかを追いました。結論の一つは、多くの地主が畑を売らずに残す側を選んだということでした。本記事はその選択を、感情ではなく税額の側から解剖します。同じ一枚の畑に、日本の税制は二通りの値段をつけています。農林水産省の資料によれば、固定資産税は一般農地なら10アールあたりおおむね1,000円程度、これが三大都市圏の特定市にある市街化区域農地になると10アールあたり十数万円に跳ね上がる。生産緑地に指定されていれば、同じ市街化区域の中にありながら農地評価・農地課税に戻ります。相続税はもっと極端で、農業投資価格という、農業をやり続ける前提でしか成り立たない価格に置き換えたうえで、それを超える部分の納税が丸ごと猶予される。国税庁が定めるこの価格は、都道府県と地目ごとに10アールあたり20万円から90万円程度です。ではこの巨大な差額は、いったい何の対価なのか。本記事の立場は、これは畑を守るための補助ではなく、売らないという選択に値段をつけた制度だ、というものです。そしてその値段は、農業がいくら稼ぐかではなく、周りの宅地がいくらで売れるかで決まっている。だから地価が上がるほど優遇は膨らみ、同じだけ売却の誘因も膨らみます。日本の生産緑地と納税猶予、アメリカの現況評価と保全地役権、イギリスが2026年4月6日から入れる上限、そして農地を投資商品に変える農地REITが都市の縁で止まる理由まで、数字を追って確かめます。

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3分でわかる本記事の内容

  • 同じ農地でも課税は三段階に分かれる。農林水産省の資料では、固定資産税は一般農地で10アールあたりおおむね1,000円程度、一般の市街化区域農地で数万円、三大都市圏の特定市にある特定市街化区域農地では十数万円になる。生産緑地はこの中で農地評価・農地課税に戻される。
  • 相続税の納税猶予は、農地を農業投資価格で測り直し、それを超える部分の税を止める仕組み。国税庁が都道府県・地目ごとに定めるこの価格は10アールあたり20万円から90万円程度で、市街地の実勢とは切り離されている。
  • 免除の条件は事実上「死ぬまで耕すこと」。三大都市圏の特定市の都市営農農地等は当初から終身営農で、2018年の改正でそれ以外の生産緑地地区内の農地も20年営農による免除がなくなり、終身営農に一本化された。
  • 生産緑地であること自体の相続税評価減は小さい。国税庁の評価では控除割合は5%から35%で、買取りの申出ができる、またはすでにできる状態なら5%。主たる従事者の死亡は買取り申出の事由なので、相続の場面では5%になることが多い。効いているのは評価減ではなく猶予のほうである。
  • 貸すと猶予が切れる、という最大の障壁は2018年9月1日施行の都市農地の貸借の円滑化に関する法律で外れた。借り手が耕作事業計画をつくり市区町村長の認定を受ければ、その賃貸借は相続税納税猶予を継続したまま設定できる。
  • 優遇の大きさは地価に連動する。米国農務省の2025年の統計では耕地の平均価格は1エーカーあたり5,830ドルだが、州別ではモンタナの1,320ドルからロードアイランドの32,900ドルまで25倍の開きがある。都市に近いほど、畑を畑のまま置くことの機会費用は大きくなる。

はじめに

同じ一枚の畑に、税制は二つの値段をつけている

住宅地のただ中に残った畑を見たとき、そこに毎年いくらの税金がかかっているかを想像する人は多くありません。ところが日本の農地課税は、同じ作物を育てている同じ面積の土地に、桁の違う税額を割り当てます。農林水産省が整理している区分によれば、市街化調整区域などにある一般農地は農地評価・農地課税で、固定資産税の負担は10アールあたりおおむね1,000円程度。これが市街化区域に入ると宅地並み評価に切り替わり、一般の市街化区域農地では課税標準を3分の1にする特例を効かせてなお10アールあたり数万円。さらに三大都市圏の特定市にある特定市街化区域農地になると、負担は10アールあたり十数万円の水準になります。作っているものは変わらないのに、税額だけが二桁動く。

生産緑地地区の指定は、この階段を一段で降りるための装置です。指定された農地は、市街化区域の中にありながら農地評価・農地課税に戻され、固定資産税は宅地並み課税からはずれる。前回見たとおり、2022年に指定から30年を迎えた土地の多くは、特定生産緑地に移行してこの扱いを続けることを選びました。ここで重要なのは、この選択が「農業を続けたいかどうか」だけの問題ではなかったということです。指定を外せば、税額はその年から段階的に宅地並みへ移行していく。営農の意思とは別に、税額の落差そのものが選択を規定していました。

そして固定資産税は、この話の前菜にすぎません。都市部の農地を持つ家にとって決定的なのは相続税のほうです。相続税は原則として時価で課されますから、路線価で数億円がつく都市農地をそのまま相続すれば、税額は農業所得の何十年分にもなる。畑から得られる収入で払える金額ではないので、納税のために畑の一部か全部を売る以外に手がなくなる。都市農地が相続のたびに減っていく仕組みは、農業に飽きたからでも後継者がいないからでもなく、まずこの一点から始まります。この矛盾を処理するために置かれているのが納税猶予制度であり、その中核にあるのが農業投資価格という、市場から切り離された第二の物差しです。本記事はこの物差しの構造を先に押さえたうえで、それが何を担保に成り立っているのか、そして誰の何を縛ることで成り立っているのかを見ていきます。

枠組み

優遇の正体は「売らないこと」への値付けであり、その値段は隣の宅地が決めている

農地の税制優遇を「農業を助けるための補助」と読むと、制度の形がうまく説明できません。もし農業への補助なら、優遇の大きさは収穫量や農業所得に連動するはずです。ところが実際に連動しているのは、その土地が宅地として売れたらいくらになるかという評価額のほうです。宅地並み評価と農地評価の差、時価と農業投資価格の差——優遇として現れる金額は、どちらも「売った場合の価値」から「農業を続ける場合の価値」を引いた残りとして計算されます。つまり制度が値段をつけているのは農業ではなく、売らないという選択そのものです。

この読み方をすると、いくつかの厄介な帰結がついてきます。第一に、優遇は地価の高いところほど大きくなる。都心に近い畑ほど税制上の恩恵は厚く、地方の農地ほど薄い。農業の必要性ではなく不動産市況が配分を決めているということです。第二に、優遇が大きいということは、それを手放したときに得られる金額も大きいということを意味します。減免と売却誘因は同じ一つの数字の裏表であり、片方だけを大きくすることはできません。第三に、その値段は毎年、地価とともに動きます。制度が何も変わらなくても、土地の値段が上がれば「売らないこと」の対価は勝手に膨らんでいく。

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