南アフリカのアーバンファーム事情 ── 仕組みから読む『生き延びるための畑』
都市農業政策、食料レジリエンス戦略、自治体プログラム。制度の網の目から南アフリカの都市と農を読み解く国別レポート
2026-06-23 · 15 分
南アフリカの都市農業は、趣味や景観の問題である前に、まず生存と尊厳をめぐる問題である。アパルトヘイト体制が都市の周縁に押し込めた人々のあいだで、家庭菜園とコミュニティ農園は、飢えへの応答であり、自立への手がかりであり続けてきた。本稿は、こうした現場を支え、ときに縛ってきた『仕組み』——ケープタウンの都市農業政策、ヨハネスブルグの食料レジリエンス戦略、国の食料・栄養保障政策——を軸に据え、制度のレンズから南アフリカの『食べられる都市』を読み解く。
概況
制度が生まれる前に、現場があった国
南アフリカにおいて、都市で食べ物を育てる営みは、政策が後押しして広まったものではない。むしろ順序は逆である。アパルトヘイト体制は、黒人住民を都市の縁——ケープタウンのケープフラッツやヨハネスブルグのソウェトといったタウンシップ——に隔離し、土地と仕事へのアクセスを構造的に奪った。そこで人々が家の裏手やわずかな空き地に菜園をつくったのは、制度に促されたからではなく、飢えと不安定な収入に応えるためだった。都市農はこの国では、福祉的な美談である前に、剥奪に対する草の根の自衛策として始まっている。
本稿が制度や政策を軸に据えるのは、それらが現場を生んだからではなく、むしろ後から現場を追いかけ、支えようとしてきたからである。1994年の民主化以降、ケープタウンやヨハネスブルグといった大都市は、すでに存在していた無数の家庭菜園とコミュニティ農園を、食料安全保障と貧困緩和の手段として正面から位置づけ直し、土地・水・資材を供給する仕組みを整えてきた。制度を読むことは、この国が『生き延びるための畑』をどのように公共政策の言葉へ翻訳しようとしてきたか、その試行錯誤を読むことでもある。
数字と特徴で見る入口
高い都市化率と、食の不安定さのあいだで
南アフリカは、サブサハラ・アフリカのなかでも都市化が進んだ国の一つで、人口の三分の二ほどが都市部に暮らすとされる。一方で、所得格差は世界でもっとも大きい部類に入り、都市の貧困層にとって食へのアクセスは依然として不安定なままだ。国の統計でも、相当数の世帯が食料の確保に困難を抱えていることが繰り返し示されてきた。都市農業は、この『豊かに見える都市のなかの飢え』という矛盾の只中で営まれている。
当データベースには、現時点で南アフリカの事例が約5件登録されている。ケープタウンの老舗支援組織アバリミ・ベゼカヤ、その流通の仕組みであるハーベスト・オブ・ホープ、市民が運営するオランジェジヒト・シティファーム、ヨハネスブルグの屋上農場JFFルーフトップ・ファーム、ソウェトのイズウェレートゥ食用菜園——いずれも、制度と草の根のせめぎ合いのなかで育ってきた現場である。本稿ではこれらを、それぞれの背後で働く仕組みとともに紹介していく。
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